エピローグ


「終わったみたいだね…」

「…………」



 舘の外…否、舘があった場所で、紅実が呟く。

 テレ―ザは、無言でその跡を見ていた。

 あれから、紅実は階段で泣きじゃくりながら座り込むテレ―ザの手を無理やり引っ張って、舘の外へと連れていった。


 同時に、音を立て舘は崩れ落ちる。

 しかし残骸は跡形もなく消えて、舘があった場所はただの更地になった。

 隠し扉から地下室へ行く通路すら残っていないし、レイモンドとシェイナの躰は何処にも見当たらない。

 全てが消え去ったあと、パキンと鏡が割れるような音がテレーザの耳に届いた。

 すると今まで重苦しかった空気が和らぎ、真っ暗だった森に朝焼けが滲み始める。

 何となく『舘』を維持していた空間から強制的に現実へ戻ってきたのを直感した。

 それはつまり……、


「———っ」


 また溢れ出てきそうな涙を、テレーザは必死にこらえた。



「お姉ちゃんと彼は、どれぐらいこれを続けていたの?」

「…火災が起きた日から今日まで」

「そしたらやっぱり、四か月か…」


 二人がどんな結末を迎えたのかは、全くわからない。暴く気もない。どうかあの夫婦にとって最良の結末になったことを、祈ることしか出来なかった。

 同時に、正気じゃないとも思った。

 四か月の間、悲しみの挙句『舘』を維持し、『最愛の人』を取り戻したレイモンドと、狂いかけた彼を見捨てず…諦めず、最期まで寄り添った姉のシェイナを。

 それほどまでに互いを思いあえることが、純粋に羨ましくもある。



「感傷に浸りたいのは嫌でもわかるけど、早く離れないとめんどくさいことになるよ」

「え?」

「恐らく今日ここに再捜査が入る。まぁ、術は解けて跡形もない。何人たりとも彼と彼女の眠りを妨げたり、秘密を暴くことは出来ないさ。君か俺が、誰かに話さない限りは」



 名残惜しそうに黒と金色のオッドアイを細め、紅実は『舘』があった場所に軽く一礼すると、その場から去りはじめる。

 テレーザも、後ろに続いた。

 長いような…過ぎればあっという間の時間だった。

 知っている人も限られ、ゆくゆくは世間から忘れ去られ、意味がないと評されるであろう。

 何にも残らず、誰にも語られることのない、振り返れば嘘まみれで三文芝居のような幻想。

 それでも、



「忘れないよ」



 忘れることなんか、出来る筈がない。

 いつの間にか朝になり、陽光が森をほのかに照らす。


 終わらない夜が、本当の意味で明けた。



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