終章 舘の大噓つき(終) そして二人は、


 ゆったりと踊りながら他愛のない話を。思い出話を、冗談交じりに、時々小さく笑いながら、どこまでも懐かし気に宝物のように語る。どうか、この先も忘れませんようにと願いながら。

 どのぐらいの時間が過ぎたのだろうか。実際はほんの僅かかもしれない。

 しかし、二人にとっては『舘』で過ごした時間よりも長く、永遠の様に感じられた。



「わっ」

「あっ」



 しばらくして、二人同時に足がもつれる。

 認めたくないが、もう互いに限界なのだろう。

 ————終わりが近い。


 咄嗟にレイモンドは体を反転させシェイナを庇った。

 レイモンドが下になって、シェイナは彼の上へと倒れる。

 クッションにもならない枯れた花々が、今日一番に舞った。

 慌てて上から退けようとするシェイナの背中に腕を回し、逃がさない様に抱きしめる。

 強く、固く、もう離れないように。

 観念したのか、シェイナはそのまま大人しくレイモンドの腕の中で閉じこもってくれた。



「ずっと…また、こうしたかった」


 零すレイモンドに答えるように、彼の服を掴んでいたシェイナの手が、きつく握られる。

 もう一度、目の前の愛しい人に惹かれた理由を考える。

 けれどいざ理由を述べようとも、この世にある既存の言葉ではもう説明出来ない。

 運命も、必然も、偶然も、一目惚れも、そんな単調な言葉では表せないほど、互いに心が求めあっていた。



「どうすれば、良かったのかな」


 故に、彼は問う。

 乞うように、縋るように、しかし、誰も彼を責めない。

 いっそ、責めてくれた方がどんなに楽か。


「きっと、どうすることも出来なかったんだよ」


 理不尽に命を絶たれたシェイナ。

 それを彼は良しとせず眠っていた大きな力で捻じ曲げた。

 その代償がになり、辿り着くのが遅すぎた。酷く醜く、後悔しかない回り道。

 もう、あとは終わりが来るのを待つだけ。


「ねぇ、レイモンド」


 彼の上に乗っていたシェイナは、抱きしめる腕はそのままに。位置を少しだけ横にずらした。彼と同じベットで寝るときに、よくこうやって包み込んでくれたんだっけと振り返りながら。

 見上げると、彼の不安げな深緑色の瞳と目が合う。


「なに?」

「私ね、これから二回目の死が来るのに、幸せだよ。とても幸せ」


 そう言って、彼の柔らかい猫っ毛を触る。彼はまた目を大きく見開いていた。


「もし、レイモンドが地獄に行くなら、私もついていくよ。もう離れたくない。あんな別れ方したくないんだ」


 脳裏に残る、レイモンドの悲痛な声と顔。

 シェイナが二度と、見たくないものだった。


「遠回りになったけど、レイモンドにまた逢えて良かった」


 彼の心臓の音が耳に届く。普通の人より、かなり小さく、ゆっくりと聴こえた。

 自分は彼が『舘』へと縛り付け、何とか存在している身。

 つまり、彼が死ねば自分も死ぬ。二人一緒に。永遠に、目を覚ますことはない。

 互いに死は恐ろしいはずなのに、もう後がないことを悟ると、ひどくそれが心地良く感じた。



「………全く、君はどこまでもお人好しだね」

「えへへ、そうかな」

「本当に、地獄まで着いて来てくれるの?」

「もちろん!あ、地獄でも花屋って出来るかな」

「あはは、俺も手伝いたいな。……ねぇシェイナ」

「なぁに?」



 抱きしまたまま、片腕だけを解いて、彼女の金糸の様な髪を梳く。撫でる。

 そのまま手の甲を頬へ滑らせた。遠い記憶と、変わらない感触。

 この感触を忘れない様に、願いを込めて。

 たとえ離れても、あの世でも、地獄でも、来世でも、どこへ行っても、彼女を見つけられますように。彼女と共に生きられますように。

 もう一度、両腕で抱きしめて回していた腕に力を込める。

 更に距離が近くなって、視線を交わす。

 彼女の宝石のような、アクアマリン色の瞳が目一杯に映った。



「愛している」



 ぱちぱちと、大きな瞳を数回瞬きさせたシェイナは、この世の全ての幸福を詰め込んだような表情をした。満開の花々や美の女神なんて目じゃない。

 誰もが見惚れるであろう形容しがたい美しさだ。


「やっと言ってくれたね」

「ごめん、今際の際で」

「ううん。嬉しい。私も大好き。…ねぇ、もう一度」


 抱えていた腕に力が籠もる。


「愛してる、シェイナ」

「私も、愛しています」



 レイモンドはシェイナに、そっと口付けを落とした。

 シェイナは応えるように抱き返す。

 慈しみを、愛しさを、労いを、ありとあらゆる彼への想いが伝わるよう願って。

 遠いところで、辛うじてシェイナを縛っていた鎖が音を発てて壊れていく音がする。


 最期の時も目は逸らさない。

 最期の瞬間までずっと、ふたりは倖せそうに笑いあった。



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