終章 舘の大噓つき(2) 手をかざす
勢いよく、階段を降りる音がする。
彼女がやってくる。
廃れた大広間。枯れた花と未だ残る黒い血痕の中、レイモンドは待っていた。
自分は『舘』と『彼女』を維持するために、もうここから一歩も出られない。
すでに、幽鬼の様な存在だ。
それでもシェイナの記憶を毎回消すのは、意地からだろう。
くだらない理由だ。でも君は、
「いつもの様な顔で、来てくれるよね」
扉は既に開けており、シェイナはゆっくりと入ってきた。
「久しぶり、レイモンド」
息を切らして困った様に、シェイナは声を掛けた。あんな理不尽な目に逢いながら、そんなことは無かったかのように。いつか遠く夢見たある日常の挨拶のように。
「久しぶり、シェイナ」
戸惑いながらも、落ち着いた口調を保ち、レイモンドも応える。
やけに広い空間が、狭く、昏く、冷たく感じる。
レイモンドは、ずっとこの中にいたのか。
————一人で。
「…お隣、失礼しまーす」
ちょこんと、祭壇の前に座るレイモンドの隣へ膝を抱えながら座る。
「シェイナ、俺は…」
「ねぇ、レイモンド」
まずは謝罪を、そう思い口を開いたレイモンドを、シェイナは遮る。
「私とワルツを踊ってくれませんか?」
唐突な提案に、レイモンドは目を丸くした。
あぁ、君はそうだ。突拍子もないことを言って、俺の不意を着くのが得意だった。
「————喜んで」
歪な状況なのに、本来なら触れることすら許されない筈なのに、何だかとても清々しい。
仕返しと言わんばかりに彼女の手を取り、引っ張って一緒に立ち上がる。
不意打ちに驚いたようで、少し戸惑っていた。
とても久しぶりに、心の底から、笑った。
曲なんてものはなく、ライトもない。あるのは枯れた鈍色の花々のみ。
それらを踏み散らしながら互いに何とかテンポを合わせてたどたどしく、ゆっくりと踊る。
「たぶん、一目惚れだったんだろうなぁ」
「え?」
「君の店に花束を注文しに行ったのは偶然。でも、そこで働く君がとても眩しく見えた」
「あはは、何それ。なら私だって、一目惚れだよ。目が会った瞬間、綺麗な人だなぁって」
「ふふ、なのに一年近くも結婚までに時間がかかったね」
「恋なんて、初めてだったから」
「あ、それも同じだ」
「何処までも似た者同士だ。でも、あの時が一番幸せだったかも」
「しがらみがなかったからね」
緩やかに、ステップを踏みながら思い出話に花を咲かせる。
「錬金術を習ってたみたいだけど、何が出来るの?」
「ほんの少しだよ。簡単な傷を癒すぐらい。紅実が師匠だからね」
「あの人教えるの得意そう」
「長生きみたいだから。お尋ね者みたいだけど」
「やっぱり」
「…君の妹が来てるみたいだね。テレーザさん」
「うん。本当に偶然だけど」
「本当に悪いことしちゃったなぁ。外では事件扱いされてるみたいだし」
「テレーザがここに来てたら、レイモンド殴られたかも」
「当然さ。甘んじて粛々と受けるよ」
くすくすと笑いながら、手を絡め合う。
少し、意識がぼうっとする。
きゅっとシェイナが絡めた手を強く握り返してきた。
まだ、あともう少し。
「舘に招いた人は、本当に誰も亡くなってないんだよね?」
「もちろん。12回ぐらいかな。今回を入れれば、13回。こんな茶番に巻き込んでしまったね」
「不吉な数字だ。むしろ、終わるのにはちょうど良いかも」
「確かに」
「……雪さんは?」
「…彼は死んだ。ほとんど俺が殺したようなものだけど、最後は自死だったよ。これ以上、罪を重ねるべきでは無いって俺を諭してね」
「…そっか。——不思議な人だった。ここで終わりでいいみたいな雰囲気があって」
「彼のおかげで、こうして俺は少しだけ正気を取り戻して君にまた逢えた。あの世があるなら、謝罪とお礼に行かないとな」
「私もお礼言いたいなぁ」
あの時の自分はもう壊れかかっていた。
自滅してもおかしくない状況をあの旅医者は方法はどうであれ助けてくれたのだ。
つくづく、人離れしていて幻想めいた人だった。
レイモンドが腕を上げ、くるりとシェイナは優雅に回る。
金糸の様な艶やかな髪と、赤いロングスカートがふわりと舞った。
彼女の手についていた鎖はいつの間にか消え、足首につけられていた鎖はほんの僅かだった。
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