四章 自身を偽る(2)


「意外と度数キツかった。俺もういいや…」

「そうですか?」

「うん。…シェイナさんって、お酒に強い?」

「どうでしょう…。あまり飲まないもので」


 ゲストルームに来てしばらく経った。シェイナはソーダで軽く割ったウイスキーを飲む。

 ちなみに、五杯目だ。彼女の意外な一面に驚いてしまう。


「俺も飲んだの久々だけど…あれ?こんなに弱かったっけ…」


 女性にあっさりと負けた雪は三杯目でやめた。火照る体をソファに預ける。


「そういえば、雪さんは奥さんとかいらっしゃらないのですか?」

「お、恋バナってやつだね!」


 雪は預けていた身を起き上がらせた。

 シェイナから話題が来たのは良いことだ。此方からも話を切り出しやすい。


「俺は各地を歩いているからいないな。何で?」

「先程言っていた理想の女性が面白くて」

「あぁー、あれか。ま、理想って現実とは中々程遠いものさ。君は?一人で森を歩いていたってことは、まだ結婚してないのかい?」

「えっと…結婚はしてないです…」


 戸惑いながら、シェイナは言う。本来ならば、この舘の主と添い遂げているからだろう。

 しかし、今その記憶は無理やり封じられている。自然と戸惑うのは無理もない。


「じゃあ、どんな人と結婚したい?」

「そ、そうですね…。うまく言葉にできないです…」

「しどろもどろでもいいから」


 雪の押しに観念したのか、しばらくシェイナは熟考してから口を開く。


「——一緒に歩いてくれる人。優しくて、周りを思いやってくれる様な。そんな人と一緒にいたいし、そんな人を支えてあげたい」


 照れながら、シェイナは花の様な微笑みを見せた。

 それと同時に、雪にしか感じない気配が濃くなる。殺気に近い。

 まるで、と語るような…………。


 だが彼は止めない。


「…そっか。話を変えて、家族は?家の人も心配しているだろう」


 雪の問いに、シェイナは肩を震わせ、誰でも解る様な動揺を見せた。

 どうやらこの質問は、彼女にとって大きな意味があるらしい。


「両親は…その、四年ぐらい前に亡くなりました…。乗っていた馬車が別の馬車にぶつかったんです。残っているのは、私と——妹が、」


 そこでシェイナの言葉が詰まる。言いたいのに言い出せない様な感じだろう。

 彼女の片目から、涙が一筋流れた。

 まるで、言い出せないのを誰かに解ってほしいような。ほんの僅かな涙。


「わっ、なんだろこれ…すみません…」

「いや、こちらこそ申し訳ない。無理に答えることはないよ。そろそろベットに戻ろうか。朝は早いだろうし」

「はい、お休みなさい」

「あぁ、その前に一つ」


 テーブル越しに彼女の両手を握り、包み込む。


「————?」


 その仕草が、昔何処かで誰かにされたような錯覚をシェイナは感じた。



「今日のこと、これまでのこと、忘れてはならないよ。絶対に」


 雪が何を言っているのかは解らない。

 しかし、シェイナは彼が自分を気遣ってくれているのが解った。

 だからそっと、瞳を閉じて応える。


「————忘れませんよ。絶対に」


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