四章 自身を偽る(1)
「うぅ…何で寝れないのかなぁ…」
午前零時。
雪と紅実の会話など知らないシェイナは不思議な違和感を感じて寝付けずにいた。
部屋にあった薄い布を羽織って夜の肌寒さを凌ぎながら、宛もなく舘を歩く。
「どうせ皆寝ているし、散歩ぐらい大丈夫だよね…」
実は起きている二人のことも気づいておらず、みな部屋で寝ているとシェイナは思っていた。
「———わっ、」
視界が暗く、足取りがおぼつかないせいで自身のスカートの裾を踏んでしまう。
盛大に、顔から転んでしまった。
「痛たた…誰も見てなくてよかった…」
「シェイナさん?」
ほっと安心したところで、階段を上ってきた雪と出くわす。
「————っ!!せせせ雪さん!?」
「だ、大丈夫!?転んでたよね?」
「こ、転んでなんかいませ——きゃっ」
見られた直後で恥ずかしがり、勢いよく起き上がろうとして、またスカートを踏んで顔面から倒れこむシェイナ。
雪は口をぽっかりと開けて、唖然としていた。
「よかった、鼻血とかは出ていないし、足も捻挫してないみたい」
階段に座らせて、足の状態を雪は見る。
「すみません…お見苦しいところを……」
「大事が無くて良かった。シェイナさんは意外とうっかりなんだね」
からかう様に言う雪に、何も言えなくなるシェイナ。
「そういえば、なぜ夜更けに出歩いてたの?」
「寝れなくて…それと、何だか胸騒ぎがするんです。このまま寝ちゃだめって、誰かが言っているような……」
——————。
「ま、そういう俺も寝れないんだけどね。今、庭に行ったんだけどかなりの美しさだった」
「そうなんですか?それは見ないと!私、こう見えても花屋で…………あれ?」
自分が言った言葉に、シェイナは表情を固め、不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「あれ?私……その、何でもないです…」
シェイナが言葉を濁す。そこで、雪は紅実が言っていたことを思い出した。
『彼女の記憶はその都度リセットされる。ただ村へ行くために歩いていた、という事実しか覚えていなく、それ以外は問われることがなければ思い出さない様、記憶を細工されている』と
————繰り返される夜を、躰が覚えているのか?
突拍子のない仮説だが、意外と当たっているかも知れない。
悟られないよう、あまり気にしていないそぶりを雪は見せた。
「あれ?」
立ち上がるシェイナは、足元に転がる小さな鍵を見つける。
「雪さんのですか?」
「そんな鍵は持ってないな。俺が持っているのは、救急箱を開ける鍵ぐらいだ」
小さいが、綺麗な装飾が施されている。ジュエリーボックスを開ける時に使うような、本当小さな鍵だった。
そしてそれは紅実に殺される前に。自分自身が書斎の本の中から見つけた鍵。
咄嗟に服のポケットにしまい、そのままだったのを、当然今のシェイナは覚えていない。
「君のポケットに入ってたんじゃない?」
「うーん…見覚えはないです…」
「そっか。とりあえず、持っておいたら?」
鍵のことは雪も知らない。しかし、何かしら関係があるのだろう。
そう思った雪は持っているよう彼女に促す。
「そうですね。明日、皆さんに聞いてみます」
「ところで、これからどうするつもりだったの?」
「寝付けないので辺りをぶらぶらしようかと…。庭へは朝行ってみようと思います。暗いとあまり見えないから」
「それもそうか。あ、いいこと思いついた。
こういう寝付けない夜はねー、お酒を飲むといいんだ!」
「お、お酒?」
「ゲストルームに良い感じのあったんだよね。一本ぐらい飲んでも大丈夫でしょ」
シェイナを立ち上がらせて、そのまま手を引いて階段を降り始めた。
「ま、待ってください!!」
「襲わないから大丈夫だよー。俺の好みの女性は、もう少し強気なお姉さんだからね」
「そういうことじゃなくて、お医者さまがお酒とか不健全……」
「俺だって人間だもの。酒は飲むさ!酒は長寿の元だよ」
「なんですかそれ!?」
陽気に笑いながら、シェイナの手を引き、雪はゲストルームへ向かう。
———躰が覚えているなら、こっちが何気なく問いただし、自分自身で思い出してもらうのが一番良い。
先程みたく、戸惑うこともない。混乱してしまっては元も子もないから。
罪悪感なく思い出せるなら、利用したって良いだろう。
それに……。
「何だか見られている感じがするんだよなぁ」
誰にも聞こえない程微かに、小さな声で呟く。
この舘に入った時から感じる違和感。庭とゲストルームの隣の部屋いる時は感じなかったので、どうやらそれ以外らしい。紅実の話しや彼の状態を聞いてから、何となく誰に見られているのか解った。
一歩間違えれば何があってもおかしくない綱渡りの状態。
しかし雪は、望むところだと寧ろ意気込んでいた。
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