一章 真実を偽る(3)
「……手遅れだったみたいだ」
紅実がレイモンドの脈を測る。その腕は冷たく、人の温度は既に失われていた。
開かれた瞳を、指先でそっと閉じさせる。
「どういうことだ!?」
アルドが吐き捨てる様に、コヘットに向かって怒鳴る。
「し、知らないわよ!私だってここに来たのは今さっきで…。一番乗りかと思ったら、か、彼が血を流して死んでて…っ。叫ぶことしか…」
「————レイモンド、さん…」
シェイナが彼の名前を呟く。しかし返事はない。
たった一時間前に、庭園で一緒に花を見ていたのが夢だったかのように思えた。
「俺らは初対面だよな?なのに何でこいつが殺される?」
「最もな意見だね。誰も殺す理由がない。当然、俺もだけど」
「わ、私、一時間前に彼と庭園で会話をしていました。でもすぐに、私も彼も部屋に戻ってます…。彼が部屋に入るの、見てます」
ぽつりと回らない思考の中、なんとかシェイナは言葉を紡いだ。
「じゃあ、殺されたのは一時間以内…。——ま、魔術的な痕跡はないわね」
未だ青ざめながらも、コヘットはレイモンドとその周辺を見渡しながら呟く。
「錬金術を使った痕跡もない」
「魔術やら錬金術やらが使えるのはお前らだけだろ。お前らは術の系統も違うから互いに痕跡だかなんだかの確認も出来ないし、最悪共犯だって可能性もある。それなら隠すことができるな」
只人のアルドの意見も最もだ。
しかし、アルドが単純にレイモンドを何らかの方法で殺害した可能性もあり得る。
「本当に初対面なんだよ。——これじゃあ、いつまで経っても平行線だね」
系統や人種までもが違う五人……。
紅実の言う通りだと全員が納得せざる負えない状況。
初対面の五人だった筈。なのにこうやって突然、レイモンドが殺害された。
単純に、誰が正しいことを言っているのか解らない。
シェイナは困惑する中、ようやく口を開いた。
「とりあえず、警察を呼ばないと…。でも、どうやって…?」
「誰も信用出来ない状況だからな。——さて、」
アルドがコヘットを睨みつける様に再び見る。
「なによ…。あんたこそ怪しいじゃないの」
「柄と見た目の悪さは自負している。そこで提案だ。俺とこの魔術士で街でも、近くに村があればそこでもいい。そこで昼までに警官を呼んでくる。んで、錬金術師とお前がここに残るってのはどうだ?逆でもいいが」
「ほう。互いに見張り合うってことだね。そればいい案だ。全員で街へ向かうのもありだが、主人が帰ってきたり現場が荒らされたら困るもんね」
「でも、それじゃあ誰かが犯人なら、殺しに来たりとか…」
「愚か者ならそうするだろう。殺して逃げる。仮にコヘットが犯人で、アルドを道中で殺害したとしよう」
「だから違うって…っ」
「例えだよ。話の続きだ。殺害して逃亡して、昼に警察が来なかった。しかし舘に残っている俺とシェイナが彼女の素性を知っている。少なくとも見た目はね。俺らが遅れて警察に話しても大丈夫ということ」
「じゃあ。仮に館に残っている私か紅実さんが犯人だとしたら…。警察が来る前にどちらかが逃亡か、最悪殺されているかも知れない…?」
「見た目と大まかな素性は共有してるだろ。こういう時は犯人だって迂闊に手を出して来ねぇよ。共犯者がいたとしても同じことだ。欠ければその時点で殺人鬼が特定、詰みだろ」
『純粋にレイモンドだけに恨みがあって、朝方殺しに来てさっさと逃げた第三者か、ここにいるかもしれない犯人が皆殺しにするなら話は別だが…』と、最悪の状況を残しつつも、状況を忌々しく思いながら冷静に、アルドはまとめた。
「ではさっそく別れるか。アルドが言った別れ方でいいんじゃないかな?」
「わ、わかりました。ここで待ってます」
外は晴れやかなのに不安しか残らない。コヘットも渋々と、アルドとの同行を認めた。
「じゃあ行ってきます。置いて行きますよ。アルドさん」
「へーへー。……気を付けろよ」
「!!」
シェイナの横を通る瞬間、アルドが彼女に耳打ちをした。
『気を付けろ』…それが何を意味するのか、シェイナはすぐに理解してしまった。
おそらく、アルドは白だ。
そして単純に考えて、最初に発見したコヘットが一番怪しい。
しかも魔術を使う。何かあっては女性のシェイナでは敵わないと思ったのだろう。
だから、アルドは自ら進んで危険な方を選んだ。
それでも不安は拭えない。なんせ、紅実は錬金術師だ。
昨日の説明にあったように、錬金術師というのは秘匿している部分が多く、どんなことをするか解らない。人を殺めることですら簡単だろう。
ちらりと横に立つ紅実を見る。
——危険な賭けに等しい行為。しかし、乗り越えなければならない。
犯人を見つけ、レイモンドの魂を救わねば。
アルドとコヘットを見送り、舘には紅実とシェイナ、そして既に死体になってしまったレイモンドが残された。
「さて、警察から来るまでどうしようか。ちなみに、俺は白なんだけど」
「それは私もです。——でも、正直に言って信用は出来ません。だから、貴方と一緒にいたくはないです」
「当然の答えだね。じゃあ俺は、ゲストルームの隣にある部屋で戻って来るのを待ってようかな。用事があるなら来てよ。君は?」
「私は部屋で大人しくしています」
「そうか」と紅実は簡単に返し、そのまま和服を翻して部屋へと向かう。
シェイナは彼を見送ってから自分が寝ていた客室へ戻った。
朝に見たレイモンドの笑顔が忘れられない。
何処か気弱だが明るく、前向きで紳士的な彼を恨む人がこの世にいるのだろうか?
ベッドの縁に腰かけながら、シェイナは涙を堪え、亡き彼を想う。
どうにも、他人には思えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます