一章 真実を偽る(4)


 彼が亡くなり、約三時間が経過した。ぼんやりとした思考が戻ってくる。

 ふと、アルドが零した言葉を思い出す。

 ——『第三者の可能性』

 もし、ここにいた四人以外の犯行なら?例えば、理由はまた別として一向に現れない舘の主人とか…。


「…なら、主人の書斎や部屋に何か手がかりがあるかも」



 ぽつりと何故か導き出した答え。

 とにかく、彼の憂いを晴らしてあげたい。

 その気持ち一心で、シェイナは部屋から再び出た。


 廊下からぐるりと舘内を見回す。

 誰かが歩いている様な気配もなく、ただただ静寂に包まれていた。

 どうやら紅実は本当にゲストルームの隣の部屋、もしくは一つの場所に留まっているみたいだ。

 静かな舘の中に、シェイナの足音しか響かない。

 用心に用心を越したことはないと、なるべく足音を立てずに反対側にある部屋に向かった。

 いつもの自分ならこんな危険なことはしないだろう、とシェイナは胸の内で思う。


 それでも何故か、だと体が動いてしまうのだ。



 二階の左側が主人の個人的な部屋らしい。

 扉の数は2つ。おそらく、寝室と書斎だろう。

 シェイナは、奥の扉から手をかけた。

 奥の部屋は寝室だった。シックな作りでどこか懐かしい空気が流れる。ベッドのサイズはキングサイズというものだろう。横にある棚には花瓶がある。水は入っているが、差している薔薇はしおれてきていた。


「枕の数が多い…。夫人がいたのかな」


 部屋を見るが本や筆記の類はなく、主人に対しての手がかりはない。

 不思議なことに、クローゼットにも何も入ってなかった。

 続いて、書斎を見ようと一度部屋を出ようとしたが寝室の右奥に扉があるのが視界に入り立ち止まる。

 廊下に出なくても書斎に入れる様にしたのだろう。

 迷うことなく、シェイナはドアノブを回した。



 書斎は寝室より広く、壁一面に本棚が並んでいた。

 ざっとタイトルを見ると、歴史の本から魔術について…絵画の画集や経済書もあり、ここの主人がどれ程の勤勉家だったかというのが一目瞭然で解る。

 外の景色を一望できる窓の前に視線を向けると、廊下から入ると正面に当たる場所に仕事用のデスクがあった。デスクの上は丁寧に片づけており、何も書いていない便箋と羽ペンしかない。


「…少しならいいよね。ごめんなさいっ」


 小声で何処にもいない主人に誤りつつ、シェイナはデスクの引き出しを開けていった。



「羊皮紙に予備のインク、主人の趣味なのかな…丁寧に彫刻された万年筆がたくさん…。あ、」


 一番下の引き出しには、細工の施された手帳があった。鍵穴があり、鍵を使わないと開かない仕様になっている。


「日記かな。そうだよね、他人に見られたくないよね。——あとは、」


 机に手帳を置き、引き出しの奥を手で探ると薄く四角い蓋の様なものがある感触があった。

 そのまま掴んで取り出す。



 取り出すと、それは裏返された写真立てだった。

 何故かピタリと、ひっくり返そうとした手が止まる。



 ——なんでだろう。胸騒ぎがする。表にするのが怖い。



 心臓が鈍く、早く鼓動する。自分には全く関係ないはずなのに、『見てはならない』と、自分自身の誰かが言っている様だった。


「でも…」


しかし、それでも彼のために…!!



 意を決して、震える手を堪えながらシェイナは写真立てを表に返す。





「………………えっ?」



 目を見開き、思わず写真立てを落とした。

 フレームのガラスが四散し、破片が大きな音を発てて床に散らばる。



 なんで、なんで、なんで…!?


「知らない…っ、どうして…!?」



 手で口を押え、うわごとの様に否定の言葉をシェイナは呟き続けた。


 だから気が付いていない。

 ——コツ、と革靴の音がしていることを。

 それは寝室の方から徐々に近づいていた。



「ようやく見つけてくれたか」


「————!?」



 気が付いたのは声が聞こえてから。声を出す間もなく、勢いよくシェイナの首に手をかける。



「あ…あなた、は……?」



 霞む視界の中、シェイナは呻く。



「でも。サービスしてあげたんだけど遅かったね、シェイナ」



 柔らかな口調とは正反対の力で徐々に首を絞めつけられる。

 逆光のせいで相手が見えない。意識が朦朧とし、何を言っているのかすら解らなかった。

 それでも、この感覚は知っている。……体が覚えているとはこのことだろう。



——私はこのやり取りを、何回もしている。

繰り返し、繰り返し、果てが見えない程。

また、たどり着けなかった。


まだ、

他人事のように自分の中の誰かが哀しそうに言う。

そこでシェイナの意識は途絶え、辛うじて抵抗していた手も脱力した。



「…ごめんなさい。でも、これが君と決めたルールだから」


 こらえる様に発せられた言葉はもう彼女には聞こえていない。

 すでに呼吸が止まったシェイナを丁寧に床に寝かせ、落ちた写真立てを取る。



 そこには、たった今彼女を絞殺した相手と、

 その人物に寄り添うように隣に……花の様に微笑むシェイナ、自分自身がいた。




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