第20話 攻防
ルールーがヨモギの電脳に結線した瞬間、彼女の存在は瞬時にヨモギと同一化していた。つまり、ルールーはルールーでありながら、同時にヨモギでもあった。しかしルールーとヨモギの人格は彼の脳内で並行しながら混ざり合わず、水と油のように彼の中で存在していた。
互いの存在を認知した瞬間、ルールーは自分の目的を果たす為、
《 あなたは一体何を欲しているんですか 》
《 そんなもん、全部に決まってるじゃねーか 》
黒い影のような姿のヨモギから訊ねられ、光の粒子で構成された半透明の姿のルールーは、当然だと言わんばかりに答える。しかしそうしたやり取りをしながら、ルールーは陰でヨモギの脳内をサーチエンジンで手当たり次第に物色していたのだが。
(…ふーん、ダビデ社の第五世代
ヨモギの脳内でルールーは義体の性能差を発揮し、過去に繰り広げられた【勇者】との戦いの記憶と、そしてその後の経緯を理解した。異世界で両極化した勢力の
《 …これじゃねえって。あんたの力の源はどこに消えたんだ 》
ルールーは手を振って過去の記憶を振り払いながら、薄い霧状に姿を変えたヨモギに詰め寄る。
《 それは地上全体に飛び散って拡散しまった。だから、再び集める方法を探して… 》
《 違うっての。あんたが魔王にさせられた時の記憶だよ 》
そう告げるとルールーは電脳の情報収集能力を最大限まで引き上げ、ヨモギの疑似実体に掛けられていたプロテクトを解析しながら剥がしていく。無論、ヨモギは電脳の深層域を守ろうとプロテクトを重ねて抵抗するが、ルールーは膨大な量の侵食型ウイルスを繰り出してヨモギの動きを止め、その隙に強力な貫通型侵食プログラムを併用し一気に削り取っていく。
《 悪ぃがあんたと私には、技術革新の差があるんだよ。技術の進歩は日進月歩だぜ? 》
元魔王のヨモギだが、彼の電脳処置はルールーの目から見ても相当時代遅れであり、そのスペックから電脳と補助電脳併せての総演算処理能力まで比較しても差は顕著である。やがてルールーはヨモギの人格を形成していた情報の殻を次々と引き剥がし、やがてその大半を掌握してしまった。
《 さーて、ほぼ丸裸だ。どうする、
《 それ以上、暴くな。自壊プログラムを起動させるぞ 》
ルールーは嘲笑しながら彼の深層記憶を解析をしようとするが、掌の上に載せたヨモギが最後の抵抗を見せると態度を豹変させた。
《 ぷっ!? …はははははははっ!! なーにが自壊プログラムだよ!! あんたがいくら抵抗してもよ、この状況を覆せる訳ねーっての! 》
そう告げながらルールーは編纂した擬似体験情報の奔流をヨモギの人格に流し込み、常人の許容範囲を遥かに凌ぐ快楽の渦で彼の意識を撹拌した。
《 ほーら…あんたがどんだけ強がっても、キャパ越えしちまったら生身の人間以下なんだよ 》
《 …啞吾吾吾吾吾…屍濡渦… 》
《 死ぬだって? おいおい元魔王様よ、そんな程度でぶっ壊れちゃ困るんだ。まだまだお楽しみプログラムが有るから、もっと
ルールーの容赦ない快楽責めで人間としての尊厳すら剥ぎ取られ、ヨモギは完全に陥落していた。もし、彼のアバターに表情があったなら、きっと堕落しきって見るに堪えない悲惨なものだったろう。
《 やれやれ、こうなっちまったら只の肉人形だな。ま、非義体化の生身にしちゃ頑張ったんじゃねぇか? じゃ、さよならだ… 》
そう呟きながらとどめの一閃を加えようとしたルールーだったが、並行して探っていたヨモギの電脳内で気になる情報を見つけ、振り上げた手をピタリと止めた。
《 …何故、助ける 》
不意にヨモギはルールーの暴虐から解き放たれ、思わず問い掛ける。
《 さっきも言っただろ? 殺す気になれば殺せるってよ。でも気が変わった。あんたの頭の中を探らせて貰って、色々と使えるモンを見つけたからな。今は生かしといてやる 》
すっ、とヨモギから離れたルールーはそう答え、その代わりいつでも頭の中に侵入出来るからな、と
「…はーぁ、疲れたぜぃ…」
グッと顔を上げたルールーは立ち上がりながら呟き、まだテーブルに頭を付けたままのヨモギの身体を片手で持ち上げた。
「おい、ルールー…ヨモギの電脳に侵入したのか」
「ああ、そーさ。お陰で色々と判ったし、こいつとも随分仲良しになれたってもんだ。なあ、そーだろ?」
襟元を掴まれて身体を起こされたヨモギだったが、抵抗する様子は無い。無論、まだ少し視線が定まらず意識が混濁している気配はあったが、
「…酷い仕打ちですよ、全く…もう少しで死ぬ所だったんですから」
そう言うだけの余裕は取り戻せたようである。そんなヨモギの襟元から手を離したルールーは、再び主導権を握った者特有の優越感に満ちた表情を浮かべながら、彼に向かって話し掛けた。
「なら、素直に案内してくれよな、あんたが隠してるお宝の場所までよ」
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