第29話 裏の顔
「…やあ、どうだい。昔と比べてここも随分変わっただろ?」
ルールー達に自らをダンカンと名乗っていた男は、ヨモギの元を抜け出して米軍傘下の全身義体化兵部隊と合流していた。
「…そうだと思う。だが、生憎と
彼の前に現れた東洋人の顔の男がそう答えると、ダンカンと名乗っていた男はそりゃそうだろうと相槌を打つ。
「あんたは何番目のバックアップ・クローンだい? 米軍とEU連盟は一桁台だろうが…」
「…それは判らない。ただ、目が覚めた時にネバダ州の軍事基地に居て、軍医と国防将校から事情を説明されて、ここに派遣されただけだ」
ダンカンだった諜報員の男にそう答えた彼も、やはり勇者のクローンの一人。そして、ルールーと行動を共にしていたこの男は、CIAに所属しEU連盟を経由してオールド・トーキョーに派遣された二重スパイだった。
「まあ、お互いの事情は置いておいて、米軍は俺とあんたに何をさせるつもりなんだい」
米軍部隊と合流し、不要になった武装を解除して外しながら男が尋ねると、勇者のクローンは周囲に展開している様々な兵士やパワードスーツ部隊の様子を眺めながら答える。
「…俺に託された使命は、他のクローンを殲滅してオールド・トーキョーの魔力の元を確保せよ、だ。それ以外は君や他の兵士が担う事になっている」
「何だよ、特別休暇も与えられないって訳か? 人使いが荒いな相変わらず…」
ダンカンだった諜報員は気安げにそう答えながら、しかし表情を引き締める。
「…なら、先ずは魔王を抑えるのが一番早いが…ルールーが付いてるんだよなぁ。でもあいつ勘が鋭いから、俺が逃げたのを知ったら真っ先に感付くだろうな」
諜報員の男と米軍に与した勇者のクローンが会っていたその時、既にルールーとEU連盟側に付いた勇者のクローンの戦いが始まっていた。
「やっぱり
余計な装甲を省いた義体のルールーは、背部ジェネレータから魔力を動力源として供給し、設計限界を遥かに越える出力を得ながらヴォーバルを振るう。
「…成る程、その義体は骨格のみならず、ジェネレータにもオリハルコンを惜し気無く使っているのか。道理で魔力の帯び方が尋常でない訳だ」
ルールーが一太刀振るう度に赤い外装のクローン勇者が吹き飛ばされ、足裏から土煙を上げながら地面を滑る。しかし、それだけの威力の一閃を受け止めながら、彼の義体は何処も破損させず巧みに受け流していた。
「何だよ、それだけ上手く立ち回れりゃあ、徒党組んで殺り合う必要ねぇじゃん! だったら最初から一人で戦えってんだよ…」
先の戦闘でオルテガを破壊されたルールーは、悔しげに言うとヴォーバルを水平に構え、身体ごと押し付けるように前に出ると、実剣ごとクローン勇者を叩き切るつもりで薙ぎ払う。だが、相手は下段に構えた剣に片手を添えながら跳ね上げ、往なし続けがら空きになったルールーの腹部を狙う。
「っとおぉっ!? やべぇやべぇ、もー少しで腹から真っ二つになるとこだったぜ!」
くいっ、と腰を引いて危うく難を逃れたルールーは、
「…まー、セクシーな私だからなぁ、ついつい狙いたくなるのは判るがねぇ~♪」
と言いながら悩ましげに腰を振ってクローン勇者を挑発するが、
「…余裕綽々なのは、義体の性能面だけではないようだな。オールド・トーキョーで魔物狩りに明け暮れて、生き残るだけの実力はあるか」
全く応じず、実剣を構え直して距離を保つ。彼の義体は外観の昆虫的な印象を裏付けるように、人体を模した人口筋肉の束を配して構成される義体ではなく、内部に半液状化した筋肉代替細胞を詰め込み、神経組織を模した義体信号伝達用の極細ケーブルが張り巡らせれていた。その結果、内骨格を省いた構造を活かし筋組織を最大限まで膨張させられるのだ。
その結果、魔力を吸収し動力に変換出来るルールーの義体と比較しても、彼の義体は性能面で著しく遅れを取る事も無く、その独創的なフォルムに匹敵するだけの速さと力強さを備えていた。結果、激しい打ち合いを演じ続ける二人だが、どちらか一方が有利な展開に転じる事はなかった。
「くっそ! 見た目と同じで虫みてぇだなぁ!?」
まるで走り回るアリのような素早さでルールーを翻弄する彼に、つい本音を漏らしてしまう。
「…付け加えるなら、このバイザーは複眼的な機能も備えている。そっちの動きは十分捉え切れる」
クローン勇者はそう言うと、前頭部を丸ごと覆うバイザーを指差しながら首を振る。微細な超小型レンズが集積された複眼型カメラは、言われなければそうとは判らないだろう。
「はんっ! だったらどーだってんだ? 剣と剣で戦ってるだけなんだからよ、最後に立ってた奴が勝ちだってのは変わらないだろ?」
だが、ルールーは構わずヴォーバルを持ち直し、そう言いながら続行の意志を誇示する。
「確かにそうだ。では…相討ちで終わったあの戦いに、改めて決着をつけるとしよう」
そしてクローン勇者もそう答え、やや歯零れの目立ち始めた実剣を構えて前に出る。
「まあ、お互い残業手当の無ぇ商売だからな。さっさと終わらせよーや」
応じながらルールーも前に出て、互いの切っ先が触れる寸前の距離まで進む。そして、睨み合いながら暫しの間、時が過ぎる。
突如、二人の持った剣の切っ先が僅かに触れ合った瞬間…初手から互いに全力をぶつけ合う、激しい剣撃の応酬が再び繰り広げられた。
剣同士が当たる度に、火花が上がり受けた方の剣が僅かに下がる。その隙を衝いて追撃を挑むも、一太刀目を繰り出した方に僅かな遅れが生じ、勢いを乗せ切れず再び打ち払われる。そうして互いの趨勢は平行線を辿り、持久戦へと化していく。
だが、互いの技量と義体の性能差が拮抗する中、唐突に死闘は終わりを告げた。
「…っ!? くそ……ここまでか」
長く続く連撃の嵐に、クローン勇者の実剣が耐え切れず半ばから折れて宙に舞い、くるくると回転しながら切っ先を下に向けて地面へと突き刺さった。
「何だよ、呆気無ぇなぁ…剣の頑丈さで勝負が決まるなんて、つまらねぇの!」
寸前まで打ち合いを繰り返し、細かな切削痕を体表に刻み続けていたルールーだが、そう言うとヴォーバルを振り上げながら動きを停める。
「…勝負はついた。早く斬ればよかろう」
諦観の呟きと共にルールーを見返すクローン勇者だが、彼女はちらと彼の顔を見てからヴォーバルを鞘に戻しながら、
「…殺すのは簡単だがよ、死体は何も語りゃしねぇ。だったら、生かして使う方が良かねぇか?」
そう言って彼に近付くと、掌をクローン勇者の額に当てながら力を籠める。
「…んな訳だから、
その言葉と共に非接触ポートを介し、彼の一瞬の隙を衝いて脳をハッキングした。
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