第28話 勇者の欠片



 


 撤退したルールーは、一旦装備を整える為に横田ベース跡地まで戻る事にしたが、


 「…やれやれ、随分と賑やかじゃねぇか」


 その道筋は、決して安穏と進める状態では無かった。米軍やアジア連合の義体化兵部隊に、ロシアや中国軍の機械化兵部隊。いや、それだけではない。例の所属不明の義体化兵部隊と同じ外見のパワードスーツを着けた戦闘集団まで現れ、各自が何らかの意図を持ちながら牽制射撃や、武力による威圧を繰り広げていたのだ。


 「昨日までの平穏な日々よサヨナラ…か?」


 たった一人きりのルールーにしてみれば、そんな連中と遭遇しただけで身の破滅だろう。武器らしい武器も無く、我が身を守るのは光学迷彩のカバーだけ。時には遭遇を避ける為、廃墟の中に身を隠して息を潜めてやり過ごす事は、一度や二度では無かった。


 「…調子に乗り過ぎたのかねぇ。ま、生きてりゃ何とかなるだろーがな」


 独り言を呟きながら、東から西に向かって這うような速度で進むルールーだったが、やがて横田ベースの崩れた東側ゲートに辿り着いたのは、夕闇に辺りが包み込まれる頃合いだった。


 「よーやく帰れたな、さて、ヨモギの兄ちゃんは居るのかね…っ?」


 追っ手が居ない事を確認してからゲートをくぐったルールーだが、その気配に気付いた時には既に周囲を囲まれていた。


 「…二度目の挨拶ってのは、久し振りだって言えばいいのか?」


 素直に両手を挙げて降伏するルールーの周りに、ジワリと背景から滲むように現れた義体化兵達は、赤い外装と実剣を携えて彼女を取り囲んでいる。


 「いや、久し振りと言い合えるような間柄じゃない。君は我々の標的で、これから仕留められる。ただ、それだけだ」


 包囲の輪の間から再び現れた隊長の兵は、そう言いながらルールーの前に姿を見せると実剣を抜き、彼女に向かって突き付けた。


 「なあ、あんたは一体何者だ? 会った事はさっきの一回きりなのに、私の事は知ってるみてぇで、気味が悪ぃったらねえぞ」


 剣の切っ先を見詰めながら、ルールーが呟く。そんな彼女の落ち着いた様子に剣を降ろしながら隊長は、


 「…私達は、君の事は知らない。しかし、君がについては、知っている」


 そう言って視線をルールーの背後に向けると、彼女の愛剣のヴォーバルを携えたヨモギの姿があった。


 「やれやれ、随分と自分は有名人になってたんだな。でも、まさか相討ち同然になった相手とまた、こうして顔を合わせる事になるとはね…」


 そう言いながらヨモギが近付くと、ルールーを取り囲んでいた義体化兵の輪が解かれる。


 「…わざわざ待ち伏せしときながら、討ち取らずに剣を与えるってのは、指揮官として失格なんじゃねぇか?」


 歩み寄るヨモギからヴォーバルを受け取ったルールーが話し掛けると、隊長は顔を覆っていたバイザーを上げ、ヨモギに鋭い視線を向けながら答える。


 「我々…いや、私は先の戦いでそいつと相討ちになった。お陰で肉体を失い、復活する為に全身を義体化するしかなかった」

 「…だが、あの時の戦いは…いや、まさか…」


 彼の言葉にヨモギが反応するが、義体化した隊長は静かに答える。


 「…【光の勢力】に与して戦った男…当時は【勇者】と呼ばれていたが、様々な手段で自らのバックアップを試みた。その一手段に、自らの脳核を培養し分散保管して不慮の事態に備えていたが…」


 そう言いながら真っ白な顔に刻まれたしわを歪め、忌々しい記憶を振り払うように首を振ってから、


 「…何の前触れも無く目覚めた時、自分が【勇者】の記憶を持ったクローンの一人だと知らされて、正気を保つのがどれ程苦痛だったか…お前達には判るまい」


 顔に手を当てて苦し気に呟いた男は、頭の奥に潜む嫌悪感を振り払うように剣を片手で握り直した後、ルールーを睨み付ける。


 「…クローンだろうと何だろうと、俺は俺だ。EU同盟が自分達の影響力を強める為、散らばった俺の破片を掻き集めて保存されていた脳核を…移植…した。だから、俺は…」


 絡み合う複雑な事情にさいなまれたからか、それとも複製された脳核だけを証拠に自己を認めるしかない状況に苦しむからか、男は言葉に詰まりながらたどたどしく告げる。


 「…お前を、いや…魔王だった者を再び倒さなければ…いけないのだ」


 「…はあ、そーかいそーかい。まあ、大体判ったがよ、大した事情じゃねぇな」


 勇者のクローンを自称する相手に、ルールーはそう言うとヴォーバルを抜いて構え、


 「つまりよ、安っぽい複製品の自分が、本物の代わりになるかどーか証明したいんだろ? だったら魔王の紛いモンの私に負けたら完全にアウトだよな!!」


 ルールーは甲高い金切り音を背部ジェネレータから響かせて出力を一気に上げ、応戦体勢を整える。


 「…ならば、勝ち残った方が本物を名乗れるだれう。元勇者の残骸か、それとも魔王の切れ端か…」

 「…前から気になってたんだがよ、どーしてお前は私の居場所や事情を知ってるんだ? 下品な覗きが趣味か?」


 そう言葉を交わしながら、ルールーは疑問を口にすると、隊長の男は素直に答える。


 「…EU同盟がオールド・トーキョーに派遣していた諜報屋から、全て筒抜けになっている。そいつの事はお前も良く知っているだろう」


 その言葉の続きを口にする前に、下げていた実剣を両手で握りながら部下の義体化兵達を退かせる。


 「…元海兵隊所属のダンカン・アリタ。このオールド・トーキョーではそう名乗っていただろうが、ハワイ出身だという以外は、全て偽の肩書きだ」


 その言葉を合図に実剣を振り上げ、急速に距離を詰めるとルールー目掛けて振り下ろした。





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