第30話 電脳ダイブ再び



 


 死闘の末、義体化した勇者のクローンを辛くも倒したルールーは、彼の電脳に直接ダイブを試みた。直ぐに直近の義体化兵の一人が止めに入ろうと動いたが、その速度は急に遅くなり、やがて停止した。


 (…危ねぇ所だったぜ、もう少しで直結を防がれるとこだった…)


 ギリギリのタイミングで相互リンク状態だった彼等を隊長の指令と偽って停止させ、ルールーは心の中で胸を撫で下ろす。だが、邪魔は入らなくなったにしても、相手は新造された義体の持ち主である。他の部下はともかく、ハッキングに対して十分な備えをしているに違いない。


 (さて、それじゃあ早速、勇者の切れっ端にダイブしてみっか…)


 電脳空間でクローン勇者の深層心理を現す黒い霧のような球形を前にしながら、ルールーは自らの肉体をアバターとして投影する。その容姿は、現実世界の彼女を模した滑らかな白い肌の人型で、つるんとした表面は陶磁器のように輝いていた。


 (…防壁の類いは見当たらないが、まぁ何も無い訳はないな)


 薄暗い空間の中心に浮かぶ球の周囲をぐるりと巡り、接触を拒む危険な攻撃的プロテクトが無いか探ってみる。しかし、一般的な電脳内の深層意識と同じ程度の防壁程度しか確認出来ず、それなら容易く接触が図れそうである。


 (じゃあ、先ずは軽くいってみるか…)


 右手を伸ばし、反対の左手を手首から肘まで撫でるように添えながらプロテクトを掛けてから、ゆっくり差し出して深層心理の黒い球に触れる。と、即座に指先からスパークが迸り、手首から先が綺麗に無くなってしまう。


 (…ありゃりゃ、やっぱ攻性防壁でかっちかちに固めてるか。そりゃ軍用義体だから当たり前だな…)


 予想通りの結果に慌てる事もなく、ルールーは手首の構造を元に戻してから今度は違う形式に変え、再びアクセスを試みる。今度はスパークは発生せず、スルスルと肘まで黒い球の中へと吸い込まれていく。


 (…一回でもさわれれば、義体信号をコピーして出来るもんだぜ?)


 危険を犯して接触した結果、彼の深層心理にアクセス出来る侵入法を見出だしたルールーは、直ぐに次の行動を開始した。今度は深層心理の中に踏み込み、クローン勇者と直接やり取りしてみるつもりだ。


 深層心理の黒い球に片手の肘まで差し込んでいたルールーは、更に反対の手も同じように差し入れ、そしてそのまま水面に飛び込むように全身を中へと滑り込ませる。するり、と表層を抜けたルールーの身体は、油より粘度の高い液状の中を静かに潜っていく。


 (…ここらへんは、ヨモギと大して変わらんね)


 真っ黒い深層心理の中を進むルールーは、クローン勇者の記憶の海を渡りながら更に奥を目指す。無論、生前の彼が目にしたであろう様々な情景や、クローンとして再生してから僅かな間に目にした光景が視界の隅を流れていくが、不要な情報だと断じて記憶の中に留めなかった。


 (…どーせ、再生クローンの人格形成に必要な擬似情報の類いだろ。他人の私にゃ無関係さ…)


 ルールーの思いとは裏腹に次々と流れ過ぎるクローン勇者の記憶は、次第に数を減らして遂に途切れる。そして、長い長い暗闇の時を経てクローン勇者の中核に辿り着いたルールーは、


 (…そんじゃ、ヨモギの時と同じように、楽しい時間を過ごせっ! てね…)


 口の端を吊り上げ、にちゃりとした下品で卑猥極まり無い微笑みと共に、光る球体を模したクローン勇者の精神によっこらしょと言いながら、ルールーは足を開いて跨がった。




 …現実世界のクローン勇者の義体が、その瞬間ビクリと痙攣しながら身を震わせた。周囲でじっと動きを止めていた配下の全身義体化兵達は、その時も変わらず動かなかったが、


 「…やれやれ、俺の時もこうやって、ルールーにもてあそばれてたのか…」


 その様子を見守っていたヨモギは、当時の自分を重ねながら複雑な表情を浮かべたが、それでも決して止めに入る事はなかった。


 「それにしても…こんな小娘に手玉に取られると知ってたら、誰だって関り合いになりたくないなぁ」


 そう呟くヨモギの視線の先では、口を半開きにしながら身を捩るルールーが、クローン勇者の義体に電脳空間と同じように跨がっていた。だが、不意に正気に戻ったルールーはクローン勇者の上から降り、頭髪を掻き上げながらヨモギの元へとやって来た。


 「はぁ~、疲れた! しっかし毎度思うがよ、あんたらってホントにってのが全然ねーな!」

 「…痴女じみた事を平然と言いますね…しかし、そんなやり方でハッキングするのはルールーさんだけですし、対策のしようもないですよ」


 すっかりマイペースを取り戻したルールーに、ヨモギは呆れながら反論するが、


 「ま、そんなのは当たり前なんだぜ? 何せ私の電脳侵入キーってのは、相手の性的感情を刺激して反応させてから、強引に割り込むのが常套手段さ!」

 「…酷過ぎるなぁ。全くもって、男として生まれた我が身を呪いたくなるハッキング手段ですね…」


 そんな彼の心情を無視し、ルールーは得意気に話し続ける。


 「でもよー、それだって自分で日々改良に明け暮れた末にモノにした、立派なハッキング方法なんだぜ?」

 「日々改良に明け暮れて、って点だけは尊敬に値しますが…」


 ヨモギとやり取りしながらルールーは、新たに入手したクローン勇者の精神情報を整理しつつ、でもお陰で面倒事になったのも事実なんだがね、と付け加える。


 「実はさー、最後に捕まったのも、電脳空間内で二百人同時にネットファックした時に六人も未成年が紛れてたのが原因だったんだぜ?」

 「…呆れて物も言えません」

 「だろー? 国際電脳倫理法第九条のよ、児童電子ポルノ規制法四十八、《電脳空間に於いて十五歳未満の児童を相手に卑猥な行為に及ぶ》ってのに違反したんだとさ!」


 まるで悪戯をとがめられた子供のように笑いながら、でもそれも今じゃ良い経験になったと思うぜ、と明るく締め括った。無論、聞いていたヨモギは簡単には同意出来なかったが。



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