第31話 新たな装い
未だ動きを停めたままのクローン勇者達だったが、ルールーは構わず歩き始める。
「このままにして、問題はないのかい?」
てっきり意のままに動かすのかと思っていたヨモギだが、ルールーは振り返りもせず、
「…構わねぇさ、私に関わらないようにしてある。また顔を合わせても、喧嘩ふっかけて来ないようにな」
そう言ってその場を後にする。そこまで言われては、ヨモギも口を挟む事は出来ない。やはりルールーに従って彼も一団を放置して立ち去るしかなかった。
「それで、大人しく戻って来たのか?」
「…ああ、手の出し様も無く追い返された…」
ルールー達に撃退されたクローン勇者と義体化兵達は、後方で待機していたEU連盟の派遣部隊と合流し、統括しているオールド・トーキョー派遣部隊長に詳細を報告したのだが、叱責は免れなかった。だが、部隊員の脱落者も一名のみ。損害を考えれば悪い結果だけと言えないのも、また事実である。
「接触はした、しかし討伐も捕縛も出来なかった。結果はそれだけだ」
そう断じられて、EU側のクローン勇者は無言になる。だが、再生して日の浅い彼にしてみれば、最早魔王と言って過言で無い存在のルールーと対峙し、無事に戻れただけでも良いだろう。
「…機体と精神状態の点検整備をして来い。それが終わったら新たな命令が課せられるから、それまで待機だ」
派遣部隊長の言葉に無言で頷き、クローン勇者は彼の前から立ち去る。その場に残された部隊長は僅かに眉を上げてから執務に戻り、暫く経ってから机の上に落ちていた長い髪の毛に気付き、摘み上げてくず入れに入れようとしてから、
「…まさか、色仕掛けでもされた訳じゃあるまいな?」
そう呟きながら、くず入れの中に捨てた。
「…ふあぁ…っくしょんっ!!」
唐突にルールーはくしゃみが出て、どうしたのかと思わず周りを見てしまう。全身を義体化した人間は、生身の時とは違い反射的反応でくしゃみは出ない。横隔膜の痙攣がしゃっくりの原因だが、同じように横隔膜が無い義体化した人間はしゃっくりをしない。
「…はて、どうして出たもんかね…まー、いっか」
時によっては義体の不具合が疑われるが、ルールーは
横田ベースの掩体壕に戻ってきたルールーは、小さな棚に置かれたピルケースから錠剤を掴み、その白い粒を三つ口の中に放り込み、ボトルの浄化水で飲み下す。
「…あー、味気ねぇな」
その白い錠剤はブドウ糖で、彼女の脳を活動させる為に必要なのだ。水分とブドウ糖は口内から直ぐ下に有る分解プラントに収納され、分解されて頸椎から電脳内の生体部分に供給される。たったそれだけでも、ルールーが
「完全義体化する際に、食欲を抑制させるって聞きましたが、ルールーさんは違うんですか」
「いや、私もそうさ。でもよ、腹が空かないってのと食わなくても平気ってのは、似てるようで違うもんよ。独りに慣れてるのと、独りでも生きていけるのが違うようにさ…」
ヨモギにそう説明しながら、ルールーは軽装な義体の各所にベルトやベストを介し、様々な装備を付けていく。刃の短い単分子ナイフやスローイング・ダガー、タングステン製の矢尻を付けたショート・アローと原始的な投擲武器にシュリケンまで小物入れに詰め込んだ姿は、さながら現代の忍者のようである。
「さて、と…こんだけ持ちゃあ、暫く戦えるな」
最後にヴォーバルと電磁ライフルを背部に装着し、ルールーは身支度を終える。一部始終を見守っていたヨモギは、これからどうするのかと彼女に尋ねる。
「…脱走防止の自決装着も無くなっちまって、その気になりゃあ何処にでも行けるがね…どーにも人気者になっちまったからな。こっちから出向いてやるのさ」
そう答えたルールーはヨモギにそう言えば、と思い出した事を尋ねる。
「この義体、あんたが設計したもんだろ? 細かい技術的な部分が抜けた設計図が頭の中に入ってたし」
「…ええ、その通りです。いずれ魔力を基に義体出力を補える駆動方式が確立出来た際に、実現化出来るようオールド・トーキョーの工房に残してきたんです」
「それが回り回って、私に使われたって訳か…ま、これも何かの縁さ、これからも宜しくな」
そう締め括ると、ヨモギに通信端末を手渡す。それは戦場で良く使われる音声通信用の無線機だが、秘匿回線機能の無い一般的な物だった。
「こいつでコッチから流す通信を傍受すりゃ、いちいち答えて居場所を探られる事もないだろ。近いうちに送信すっから、それまで隠れててくれや」
「…そこまで慎重になる必要は…」
「あるさ。今の私にゃ、義体のメンテナンスを任せられるのはアンタしか居ない。アンタが捕まれば、私も終わりさ」
手のひらに収まる端末を挟み、ルールーがヨモギにそう告げると直ぐに答えが返ってくる。
「遠回しな告白だと思えば良いですか?」
「…言うねぇ! でもまぁ…そう思っても構わねぇさ」
軽い調子で言葉を交わしながら、端末の周波数を合わせて互いの呼称を決める。
「私は【カツオドリ】って名前にしとくわ」
「じゃ、こちらは【ハマナス】にしておきましょう」
「…取り替えるか?」
「いや、このままで良いでしょう」
そして、ルールーは掩体壕から一歩踏み出し、東に向かってオールド・トーキョーの廃墟を抜けて行った。
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