第14話 漂流者の隠れ家
ルールーとダンカンが辿り着いた広大な公園跡地の管理施設は、東西南北に四ヵ所設置されていた。北部は駐車場が併設され、南部は最寄り駅と隣接し、東西は各々の方角から来訪者を出迎える為、特徴的なモニュメントや色とりどりの植樹が用意されていたが…今は、全てが無価値と化していた。
「…異世界から来た連中だろ?」
「いや、何か違う。ダンカン…異世界の連中はだいたい中世か近代って文明レベルだよな」
「見た目はそうだな、服の中までは知らねぇが…」
彼の返答に、色ボケかよと愚痴りながらルールーはドローン達に命令を出し、一ヵ所に集めて待機させる。
「連中の下着はともかくよ、少なくとも産業革命前ってイメージだよな。だから、家の周りにアンテナが有ったり、車に乗ったりはしねぇ」
言葉を続けながらルールーは視覚の解像度を高め、北側ゲートの方角から近寄ってくる何かを捉える。
「だからよ、ああやって車を運転する奴が居るって事は…
「マジか? 良く判ったな…」
「最新義体をナメんなよ? マフラーで消音されてても内燃機関の排気音なんざ、ポップコーンより
ルールーに指差され、ダンカンも視覚解像度を上げて目を凝らすと、彼女の言う通りバフバフと排気音を鳴らしながら、年代物の四輪駆動車が近付いて来る。
「…おいおい、ウィリスのジープじゃねーか! クラシックどころかヴィンテージじゃ済まねぇぞ!?」
「はぁ~、ダンカンよ…私はクルマなんぞ全く興味無ぇから、ウィルスがジークだのクラックがヴォルテージだの、全然判んねぇ…簡潔に言えや」
やや興奮気味のダンカンと対照的に冷め切ったルールーの二人だったが、彼等に向かって四輪駆動車はルーフを畳みオープントップのまま、真っ直ぐ距離を詰めてくる。そのまま待っていれば二人の前までやって来ただろうが、ルールーがそうさせなかった。
「おいっ!! クルマなんぞ運転するなら
義体の拡声機能で叫びながら、威嚇する為に12.7ミリ電磁ライフルを構えて銃口をジープに向けるルールーは、意図を察したのか停止した相手が降りるのを待つ。すると相手は車に見合ったアンティーク調のゴーグルを外して首からぶら下げると、エンジンを切って車から降り、両手を挙げながらゆっくりと近付いて来たのだが、
「…ほーぉ!! そりゃ第三世代義体にしちゃ随分とカスタマイズされてるなぁ! もしかして実験機か何かかい?」
「…はぁ? 何者なんだよ、あんた…それにどーして内燃機関の車なんぞ運転してんだ? ガソリンなんざとうの昔に…」
相手がルールーの義体を見て反応を示し、その言葉がアジア共用語だったので、警戒を解いた彼女は質問しようと口を開きかけたが、漂ってきた排気ガスの匂いでルールーは閃いた。
「…もしかしてアルコール燃料かよ、よーくそんなもん精製出来たな」
「御名答!! ガソリンもディーゼルも、水気が入って使い物にならなかったのでね。住人の手を借りて穀物からアルコールを醸造して作ったのさ。お陰でプラグ掃除が面倒だが、良く走ってくれるよ!」
相手の男はそう答えながら胸ポケットから眼鏡を取り出し、掛けながらルールーとダンカンの顔を交互に見てから話し始めた。
「…まあ、それはともかく、ようこそ【オールド・トーキョー】へ! お二方は探索? それとも威力偵察ですか?」
「はぁ? 探索じゃねぇし、威力偵察でもねぇよ。私らは…」
と、ルールーは言い掛けながら言葉を切り、秘匿回線に切り替えてからダンカンを呼び出す。
【おいダンカン、こいつどう思う?】
【…そうだな、見た目は非義体化だが油断するなよ。お前を見て実験機かって聞いただろ、そんな発想する奴は義体化兵に詳しい奴に決まってる】
二人は無人運搬車両の中継器を通して話し、一見して無害そうな作業着姿の男を値踏みする。そして、ルールーはいつもの調子で切り出した。
【…ぶっ殺すか?】
【殺すのは後でも出来る。先ずはこいつの目的を調べてからだ】
オーケー、と返事しながら回線を閉じ、ルールーは保護バイザーを降ろしながら片眉を軽く上げ、素っ気なく言い放った。
「…観光だって言ったら信じるか?」
ルールーとダンカンの二人は、その男の話を聞く為に無人運搬車両から一部の装備だけを回収し、ジープの後部座席に乗った。
「…自分はーっ! …第五次捜索隊派遣時にぃーっ!! オールド・トーキョーに来たぁーっ!!」
「…うっせぇよ、聞こえてっから普通に話せや…」
男は走るジープの風切り音に負けじと声を張り上げるものの、聴覚機能を高めれば義体化兵の二人には全く問題は無かった。
「でよ、お前は本当に捜索隊の生き残りなのか? どさくさに紛れて入り込んだ不法侵入者なんだろ、ホントはよ」
「まあ、そう疑われても仕方ないですよね。私はオールド・トーキョー第五次捜索隊の随伴支援部員として参加した、ヨモギといいます」
男はそう自己紹介するとハンドルを握ったまま、二人に向かって事の経緯を話し始めた。
ヨモギ、と名乗る男は自分が日系アジア人だと言いながら運転を続け、やがて公園北部のゲートから外に出ると市街地の廃墟を西に向かって行く。
「後で無人運搬車両を取りに行きますか?」
「気にすんな、どーせ弾薬補給以外に用は無ぇし、充電が終わりゃ自己閉鎖モードで待機するんだ。私ら以外が近付いても、そう簡単には動かせやしねぇさ」
ルールーはヨモギとそう話している間も、ダンカンと秘匿回線で協議を続けていた。
【日系アジア人ってのはどうなんだ?】
【…さぁな。しかし第五次捜索隊ってのは信用出来ねぇ。そもそも何回捜索隊を出したか知らんし、出したにしても、義体のメンテナンス目的で生身の人間を連れて行くのは効率的じゃねぇ。ホラに決まってんだろ】
ルールーとダンカンはオールド・トーキョーで最初の行方不明者が出てから、何度か捜索隊が編成されていた事は知っていた。だが、それがどれだけの期間繰り返され、やがて自分達が狩猟勢力として雇われる頃に打ち切られるまで続いていたのか、公式発表されていない事だけに知り得なかった。
【なら、なんでホラ吹いてまで顔を出して来た? 遠くから監視して自分に益の有る奴か調べた方が得策だと思うが】
【…ほっといて追えなくなる前に、手近に置いておきたかったんじゃねーか? 義体化兵と生身じゃあ、侵攻速度から何から比べもんにならねぇからさ】
「…さて、着きましたよ。ここはさしずめ漂流者の隠れ家、って所ですかね」
二人の秘密の会話を余所に、ヨモギはジープを停めてエンジンを切ると先に車から降り、重装備の二人が降車するのを見届けてから建物を指差した。
「とりあえず、武装したままで構いませんよ。こちらは敵意なんて有りませんが、だからと言って一旦武装解除したら、戻すのも面倒でしょうから」
「そりゃご親切にどーも。でも私らは長距離任務に最適化してっからな、別に立ったままでも眠れるし、ブドウ糖投与さえ出来りゃ飯も水分も必要ねぇさ」
ヨモギの言葉にルールーは答えながら、彼の自称アジトの中へとダンカンと共に入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます