第15話 ルールーと世捨て人



 未だヨモギに対する警戒心を解けなかったルールーとダンカンの二人は、電磁ライフルと背部格納ラックだけ手の届く範囲に置き、直ぐ反応出来るよう立ったまま話を聞いていた。


 「…つまり、あんたは捜索隊が消滅した後も居残って、帰還しようとする生き残りが居ないか探しているって訳か?」

 「まあ、それも有りますが…日本に関わる血筋ってだけで要らぬ詮索をされる環境には、正直言って戻りたくないってのが…本音ですかね」


 ヨモギはそう言うと自分の為に淹れた茶を啜り、チラッと二人の顔色を窺ってから、美味しいんですがねと呟くと湯呑みに蓋をした。


 「ところでヨモギさん…あんた、異世界の連中とどうやって会話しているんだ。向こうが共用アジア語を知ってるとは思えんが」


 そう尋ねながらダンカンは組んでいた腕を解き、窓の外に視線を向けて遠巻きにこちらを見ている小柄な人影が、どうやら現地人の子供達らしいと見当を付けた時にヨモギが答えた。


 「ああ、それは簡単ですよ。向こうの異能力者を介して会話出来るようにして貰ったんです」

 「…異能力者?」


 聞き慣れない異能力者、という単語をいぶかしむダンカンに、ヨモギは更に詳しく説明する。


 「私も詳しくは判りませんが、異世界からやって来た人々の大半は、我々と大差無い力しか有りません。けれど中には【魔導】と呼ばれる力を操り、言葉の違いを易々と解消出来る者が居るんです」

 「その異能力者ってのは、この近くにも居るのか」

 「いや、今は居ませんが…でも、お陰で私も彼等と会話が出来るようになりましたから」


 そう言って窓に近付き、外に向かって手を振ると子供達がざわめきながら手を振り返し、その場から走り去っていった。



 「なあ、ヨモギさんよ。あんたが世捨て人だってのは判ったが、私らが知りたいのはそんな事じゃねぇ。どーやったら元居た基地に帰れるかって話さ」


 ルールーはそう言いながら装具入れから電子タバコを取り出し、カートリッジを差し込んでスイッチを入れる。たったそれだけの動作だったが、白い水蒸気がもわりと膨らみ、ふーっと吐き出すとこうばしい香りが辺りに立ち籠もる。


 「…あー、判ってると思うが電子タバコだぜ? ニコチンもタールも入ってねぇからな」


 ルールーの言葉にヨモギはつまらなそうに鼻息を吐き、ここは禁煙だなんて言わないですがね、と素っ気なく言い放つ。そんな彼の顔を見ながらルールーは再び一口吸い、そして白い煙を吐いた。



 暫くそんなやり取りをした後、ヨモギが不意にルールーに問い掛けた。


 「…そんなにあなたは帰りたいですか?」

 「ああ、そうさ。だって私らは…」

 「免責を受けたいから、ですよね」


 ヨモギの言葉にルールーは表情を曇らせ、持っていた電子タバコを装具入れに戻しながら吐き捨てるように言った。


 「ああ、そうさ! このくそったれな世界で、生きていく為に何かを引き換えにするのが世の定めさ! そんなの当たり前だろ!!」


 「まあ、そうでしょうね…さん」

 「…おい、てめぇ…その名前をまた言ったらぶっ殺すぞ?」


 ヨモギの発言に、それまで冷静だったルールーは突如態度を急変させ、怒りの表情でヴォーバルを引き抜くとヨモギの顔に突き付ける。


 「ルールー、あなたの本名はマリア・ルシーダ・ルードでしたね。フィリピンで国連の義体適合審査を受け、日本で義体化処置を施された。そしてその後、母国に戻り…」

 「…そんなに死にてぇのか!?」


 ギッと歯を食いしばりながらルールーは突き付けていたヴォーバルに力を籠めるが、ヨモギの独白は止まらない。


 「…両親に性的搾取を強要された末、殺害。その事実が発覚する前に海外へ逃亡し、民間軍事会社に偽造した身分証明書を提出。そして三年間職務を勤めて退職。その後ドバイで身柄を拘束されるまでネット上での売春行為を行い…」

 「…お前、何者なんだよッ!!」


 ついに耐え切れなくなったルールーが叫びながらヴォーバルを振り上げるが、ダンカンの手で止められる。


 「おい、ルールーっ!! さっきから何やってんだよ!?」

 「何ってなんだよ!! コイツが人の事をつらつらと…」

 「だから、何だよお前! ヨモギは何も言ってやしねぇぞ!!」

 「…な、何だよそれ…?」


 ダンカンの言葉に力が抜けたのか、ぐっと抑え付けられながらヴォーバルが引き離される。そして切っ先が離れていくのを見詰めながら、ヨモギが口を開いた。


 「…ルールーさん、人は誰でも秘密がありますよ。だから、守る為に戦う事もあるでしょう。でも、それは今じゃ有りません」


 そう言いながら立ち上がると、ヨモギは何事も無かったようにルールーに微笑みかける。


 「…だから、そんなおっかない顔はしないでください。美人が台無しですよ?」

 「…うっせぇ。美人ってのは怒っても美人なんだよ…」


 彼の皮肉に言い返したものの、ヴォーバルを鞘に納めた彼女の表情から怒りは消え失せていた。


 「おい、ルールー。一体どうしたんだ?」

 「…なあ、ダンカンは自分の過去を基地でどれだけ開示してる?」

 「はぁ? そんなの質問状を埋める分だけに決まってるだろ…どうしたんだよ、お前…」


 唐突に尋ねられて面食らうダンカンだったが、ルールーは返答せずそのまま黙り込んでしまった。


 そんな二人の様子を無言で見ていたヨモギだったが、頃合いを見計らっていたようにルールーへ話し掛けた。


 「…ルールーさんは基地に戻りたいんですよね。でしたら、一つ提案があるんですが」

 「…何だよ、勿体振りやがって…」


 その言葉に反応したルールーとダンカンに向けて、基地に戻る方法を教える条件を提示した。




 「…このオールド・トーキョーに、暫く滞在して貰いたいんです」





 

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