第13話 オールド・トーキョーの公園跡地



 ルールーとダンカンの二人は、タチカワ・ステーションから西に向かって真っ直ぐ進み、やがて大きな公園に辿り着いた。倒れた大きなフェンスの隙間から敷地内に入り、草原のような空き地の縁から西の方角を見ると、集合住宅らしき廃墟が見えた。


 「どうする? 迂回するにしても距離はかなり有るな。このまま進むか」

 「そーだなぁ…ま、行ってみりゃ判るだろ」


 追従する無人運搬車両達の速度を考えて、三次元機動を避けて徒歩で進めば一時間は掛かるだろう。いっその事、無人運搬車両に便乗した方が速度を気にする必要も無いかもしれない。


 「こいつらのバッテリーはどうだ?」

 「…まあ、荷物が載ってるし三日も走れば充電しなきゃダメだな」


 太陽光発電が可能な無人運搬車両だが、そうなると停滞は免れない。廃墟の中に充電施設が残されていて、機能が生きていれば又違ってくるが、オールド・トーキョーの崩壊は何十年も昔の事。今でも動く可能性は低いだろう。


 「そう言やぁ、在日米軍基地ってのが向こうの方角にあったんだよな。あそこはどうなんだ?」

 「無理だろ、基地が放棄されて何十年経ってると思うんだ? いくら軍用施設でもノーメンテでほったらかしなら、電動車だってバッテリーが腐るぞ」


 公園の管理設備の軒先をくぐりながら、ルールーがダンカンに説明する。


 「いいか、私の母国にも米軍基地はあったがな…旧日本の崩壊で軍事バランスが乱れに乱れた結果、米軍はさっさと撤収して母国に引き籠っちまった。後に残されたのは、ゴミだらけの広大な空き地だけ。撤退して放棄されりゃペンペン草しか生えてこねぇよ」

 「あー、聞いた事有るな。旧日本に上陸した中国とロシアを牽制する為、米軍はアリューシャン列島に前線基地を置いて軍備を整える為、色んな国に点在させていた陸海空全軍を撤退させたって」


 当時のアジアは、日本が消滅した日から勢力図が一気に書き換えられた。北方領土から北海道を狙うロシア、そして日本海から本土に上陸しようと目論む中国が韓国沖で睨み合い、第三次世界大戦の引き金になるかと欧州地域の国々は警戒を怠らなかったが、直接的に介入する事は無かった。そして米軍抜きでロシアと中国に対抗する為、周辺国が結集し太平洋アジア連合を設立。インドネシア、フィリピン、オーストラリア等の環太平洋地域が参加しその数は二十ヵ国に及んだ。その結果、中国やロシアによる旧日本支配は阻止され、現在に至る。


 「…お陰でフィリピンは旧日本と馴染み深い連中が難民保護の名目で技術者共を引っこ抜き、米軍基地の空き地に工場をおっ建てたのよ。それがキッカケで遅れを取っていた電子系生産インフラを整えらたがね。ま、そのせいで貧富の差は益々開いて、金持ちは更に金持ちになり、貧乏人は安い賃金でこき使われたって訳さ」


 気付けば二人は管理施設の廃墟に腰を降ろし、流れる雲の浮かぶ青空を眺めながら互いの国の話に没頭していた。


 「俺の故郷は…例の【魔王】と【勇者】の鍔迫つばぜり合いに巻き込まれて無くなっちまったよ」

 「おいおい、お前のお里ってまさか…ハワイか?」


 ダンカンの生まれ故郷、ハワイは日本の首都を焦土と化した争いの最中、どちらかが放った一撃で消え失せた。無論、駐留していた米軍の環太平洋艦隊も同時に消失し、世界のウォーバランスが瓦解する切っ掛けとなった。


 「…ハワイの米軍機械化海兵隊に所属してたが…たまたま演習でフィリピン沖に居たお陰で生き残れた。でも、親兄弟全員、島と一緒に吹っ飛んじまった」

 「おーおー、そりゃあ難儀だったな…」

 「…で、部隊の連中と集まってブリーフィングしている最中に、乗っていた船が流れ弾で沈んだんだ。まあ、揚陸仕様の義体だったから沈まずに済んだが、ハワイと一緒に海の藻屑になる所だったよ」


 全身義体に於いて、水の中は常に様々な危険が付き纏う場所だ。浮力に欠ける義体は簡単に沈み、幾ら手足を動かしても泳ぐ所か水面に浮かぶ事すら出来ないのだ。浮上する為には専用のフローターが必要だが、義体化している人間は酸素消費量が少なく酸素ボンベも小型の物で済む。デメリットばかりではないが、進んで水の中に行く全身義体の者は海兵隊員か深海作業員だけだろう。


 「但し、俺が救難ビーコンで捜索船に発見されたのは、船が沈んでから六日後だった。他の連中は、フローターのバッテリーが停止して沈んじまってた」


 屈強な海兵隊員、しかも全身義体の勇猛な男達と言えど、仲間達が一人、また一人と暗い海の底に沈んでいく状況は耐え難く、中には自決用アンプルを使用して命を絶つ者も居たという。


 「まあ、生き残れたのは単に運が良かったのさ。フローターの蓄電池に義体重量、それと食った昼飯の量も絡んでいたかもしれないがね」


 ダンカンはそう言いながら立ち上がり、各部の駆動状況を確認するとルールーに近付いた。


 「…故郷も、所属部隊も消えて無くなった後は、お約束の転落人生だったよ。無気力を打ち消す為に酒や電子ドラッグに溺れ、最後はスリルを求めて民間軍事会社で前線に立ち…仕事中にドラッグ使ってラリッた末に敵味方全員皆殺しにして、ここに来たって訳さ」


 そう呟くダンカンの顔は全くの無表情だったが、言葉の重さに比べて彼の態度に悲壮感は全く無い。


 「…私も大差無いぜ? 但し学も教養も無い小娘がどうやって義体化したか、なんて想像が…いや待て」


 話を合わせるようにルールーも言葉を接いだが、話なかばで口を閉ざして耳を澄ませた後、保護バイザーを上げてからダンカンに告げた。


 「…この公園の中に、誰か居るぞ」





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