第12話 ルールーの消失



 ルールーとダンカンの二人が合流して、現在自分達は旧東京内の中間地点に居る事が判明した。しかし、それはビーコンが消失し正確な位置が判明していない今、楽観出来ない状況に変わりは無い。


 「なあ、そっちのバッテリーはどんなもんだ?」

 「俺の方は持って六日だな…」


 ルールーの問いに、補助電脳内の義体データを読み上げながらダンカンが答える。すると同じようにデータを参照しながらルールーも返答した。


 「私は九日かなぁ…」

 「新型の方が省電力かよ! 羨ましいなぁ!!」


 内燃機関搭載の運用兵器とは違い、背部ジェネレータ搭載型の戦闘用義体同士の二人に、まだ行動不能の危機感は無い。しかもルールーのジェネレータは更に高効率循環発電が可能なので、戦闘さえ無ければ長期間の駆動が出来る。但し、戦闘が無い事はまず有り得ないだろう。


 「でもよ…本当にこっちで間違いないのか?」


 駅舎から東西に伸びる線路を眺めながら、ルールーが呟く。基地へと戻るだけなら、東の方角に向かって進めば良い筈である。しかし、ルールーは何か腑に落ちなかった。


 「なあ、ハヤマよ…上空から私らは見えてんのか?」

 【…それが、衛星画像を解析してもオールド・トーキョーの上空は雲に覆われていて、ルールーさんの現在位置を見る事が出来なかったんです】

 「…ほらな? 向こうからコッチは見えてねぇんだと。雲なんぞ全く有りゃしねぇのによ…」


 不満げに呟きながら、ルールーは天を仰ぐ。彼女の見つめる先には抜けるような青空が広がり、雲どころか霞みすら見えない。やはり、何かがおかしい。


 「なあ、ルールーよ…今は地形通り東に向かって進んでみないか? もし、方向が合ってるなら今日中には戻れるんだからよ」


 ダンカンがそう提案し、真っ直ぐ伸びる線路の先を指差した。彼の言う通りならば、線路は旧東京のシンジュクターミナルを経由し、ヤマノテ線に沿って円形に都市部を抜け、最終地点のトーキョー・ステーションに着ける筈なのだ。その辺りまで到達出来れば、オールド・トーキョーの境界線まで間近なのだ。


 「まあ、そうだな…それに早く帰らねぇとサイクロプスが腐っちまう」

 「別に腐りゃしねぇし、もし腐ってもオリハルコンは精製出来るらしいぞ?」

 「知らねぇよ、そんなもん…金になりゃ何でも構わねぇさ」


 投げやりな返しで答えながら、ルールーは先頭に立って進み始める。直ぐにダンカンも後に続き、二人の後方を無人運搬車両が二台、やや離れながら追従する。運搬車両にはサイクロプスの肉片が積載され、その後ろに回収ドローン達が続く。こうしてキャラバンのように連なりながら、オールド・トーキョーの廃墟を二人は抜けて行った。




 「ほーらな? やっぱり変なんだよ…さっきからおかしいって思ってたんだ!!」


 ルールーが叫びながら行く手に現れた見覚えの有る廃墟を指差し、振り返ってダンカンの前で足を踏み鳴らした。


 「見ろよ! 私らの足跡が残ってやがる!! まーた同じ所に戻るってな、どーゆー事なんだ!?」

 「…オールド・トーキョーって所は、高度な自律運用が可能なドローンが狂わされるんだろ、だったら俺達も似たようなもんさ」


 憤慨するルールーと対照的にダンカンは冷静に呟き、また戻ってしまったタチカワ駅跡の廃墟を見上げる。大きな歩道橋が頭上に広がり、その下に何台も壊れた車両が転がる様は、当時の混乱を物語っている。


 「…一か八か、西に向かうか…ルールー」

 「…へぇ、私も今そう思ったとこだよ」


 ダンカンの提案にルールーも同意し、サポート役の葉山に状況報告をしようと回線を開こうとするが、


 「…くそっ、電波が届かないのか? ザーザー言って何にも聞こえねぇ」

 「…俺もだ。とりあえず見晴らしの良さげな所に出たら、もう一度試してみるか」


 二人は報告を諦め、歩道橋の下から崩れたビルの瓦礫がれきを避けながら広い道路の真ん中を歩き、西を目指して歩き出した。





 【…ルールーさん、ダンカンさん…ダメか、全然繋がらない…】


 ワイヤレスデッキを介して回線で何回も呼び掛けてみるが、ルールーとダンカンから返事は無かった。


 「…二人と繋がらんか」

 「はい、中継器は生きていると思うんですが、ビーコンの件も有りますし…何かに妨害されているかもしれません」


 葉山の上司でオールド・トーキョー採掘基地の責任者、ブーソン監督に報告しながら、彼は再び二人に呼び掛けてみる。しかし、いくら待っても返事は無かった。


 「…自発的に逃亡した場合、彼等のタイムリミットが過ぎれば強制遮断装置が作動するのは知っているな」

 「ええ…高価な戦闘用義体を持ち逃げさせない為の措置、ですよね」


 ルールーとダンカンの義体には、万が一義体が完全に機能停止した時の為に、自決用回路が付いている。戦闘で激しく損傷し生命維持装置が破壊された場合、本人の意思で脳幹にテトロドドキシンが投与される機能だが、それは逃走防止の機能も兼ねていた。無論、その事は予め知らされているのだが。


 「まだ、猶予は有ります。二人が逃亡したと認められるだけの状況証拠はまだ有りません」

 「…まあ、それは判っている。二人とも自ら希望してここにやって来て、保釈金を積み立てる代わりに免責を受けている身だからな…逃げる場所なんて端から無いだろう」


 ブーソン監督の言葉に、葉山は自分達の境遇を改めて思い知らされる。ここで働いている者の大半は、アジア連合に属する国々で罪を犯し、保釈金を立て替えて貰う代わりに命懸けで狩りを行っている。母国に戻れば即勾留されて、二度と出てこれない者すら居るのだ。葉山自身も、叩けば埃の出る立場なのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る