第21話 秘匿物資



 


 「偶然、撤退した米軍の施設に閉鎖されていない地下掩体壕えんたいごうを見つけたんです」

 「ふーん、そんな場所があったのか」


 ルールーとダンカンは中型軍用トラックの荷台に乗り、ヨモギに案内させながら西に向かった。旧東京の中心部にある広大な在日米軍の航空基地、横田ベースの一角に物資を蓄える地下施設が残されていて、そこにヨモギが様々な物を隠しておいたのだ。


 「で、どんなのがあるんだ」


 背部ジェネレータと増加装甲で膨れ上がり、自動車の座席に座れないダンカンが荷台から短距離通信でヨモギに訊ねると、彼はトラックを運転しながら、


 「それは実際に見て貰った方が判りますよ。全身を義体化していない自分には不要ですが、何かの役に立つかと思って集めた物ばかりです」


 そう答えて窓から手を出して、金網の倒れた空軍基地の広大な敷地を指差した。


 「爆薬保管庫は厳重に封鎖されていましたが、たぶん中は空でしょう。地下掩体壕は航空機を出した後、ハッチを閉めていかなかったんでしょう。そこを隠し場所として使ったんです」


 そう説明したヨモギは警備兵の居ないゲートを通過し、そのまま金網脇の道路を北に向かって走り続ける。やがて滑走路の先にポツンと口を開く地下掩体壕が盛り土の間に見え、そこに辿り着いたヨモギは軍用トラックを停めて二人に付いてくるよう促した。




 「それにしても、随分大きな掩体壕だな…戦略爆撃機も入るんじゃないか?」

 「どうでしょうね、でも爆撃機はありませんよ」

 「もし有っても操縦出来やしねぇさ」


 三人で話しながらスロープを降りると、緩やかな傾斜が途切れて平坦な空間に出る。地下掩体壕と言われたものの、その広さは途方もなく、天井も地下とは思えない程の高さだった。


 「…入り口が狭かったから無理だが、戦略爆撃機が入る広さだな。こりゃ大した隠し場所だ」

 「おいおい、ありゃあ支援装甲型義体じゃねーか!」


 ダンカンが広さに圧倒されていると、ルールーが叫びながら壁際にしゃがみ込む姿勢で駐機されている機体に駆け寄り、取り付いていじり始める。


 「へーっ! 本物見るのは初めてだぜ! …バフムト製か、いや…違うな。コックピットのロック機構が旧日本ジャパン規格って事は…」

 「ええ、それは【七十六式支援歩行装甲】ですよ。日本が最後に作った支援装甲スーツです」

 「日本製? って事は骨董品じゃねぇか…使えねぇな」


 ヨモギの言葉に落胆するルールーだったが、保護シートを被せられた機体がまだ幾つも並んでいる事に気付き、シートを剥がして露にすると真新しい支援装甲スーツが現れた。


 「おっ、こっちは知ってるぜ! Mk-21【オルテガ】だ! ダンカン、お前も知ってるだろ?」

 「バーカ、知ってるも何も無ぇ。義体化海兵隊の空挺支援機に採用されたし、俺もこれには乗った事あるぞ」


 そう言い交わすうちにルールーはジェネレータ発動機を見つけ、接合端子を確認する。これも規格が合うとみるや手際よく操作し、手動で回してみる。


 「…くっ、固えぇ…よっ、と!!」


 グゥンッ、と低く唸り始めた発電機が動き出し、やがて表示されていた蓄電量が少しづつ貯まっていく。


 「それにしても、装甲スーツも発電機も年式が新しいな。もしかしてこいつらは…」

 「そう、協定を決めながら目を盗んで侵入した各国の兵隊が、逃げる際に置いていった物ですよ」

 「酷い話だな、不可侵だとか言っておきながら、裏でこそこそ盗み見しに来てたとはな…」


 ダンカンとヨモギが話している間もルールーはエネルギーチャージを進め、遂にその時が訪れた。


 「よっし! 初期動作までやれそうだな!」


 そう言って装甲スーツに繋いでいた充電コードを引き抜き、脚部の膝裏に取り付けられていたタッチパネルに掌を当てる。


 「あー、面倒臭えぇ…鹵獲ろかく防止パスワードなんて敵が使うかってんだ!」

 「でも認証されていないお前は只の泥棒だぜ?」

 「うっせえぇ! こーなりゃ奥の手だ! 【搭乗者に深刻なダメージ有り、国際赤十字条約に基づき救助せり】だっての!」


 自棄になったルールーが緊急救護のふりをしてハッチを開くコードを入力すると、それまで微動だにしなかったハッチが呆気なく開いた。シューッ、と内部から空気が漏れ、空の搭乗席が露になる。


 「さて、それじゃ早速乗ってみるか!」


 ダンカンと違い増加装甲を取り外しパージ出来るルールーはそう言うとバシュッと音を立てて装甲を脱ぎ捨て、通常義体と変わらないサイズになって搭乗席に収まった。


 「へぇ…ボディサイズに応じて可変するのかぁ…」


 各所からクッションが膨張して彼女の身体を包み込み、搭乗者認証が始まるがルールーは当然正規搭乗者ではない。


 「…まあ、そりゃあそーだろうな。でも、コックピットに乗れればこっちのもんよ! 最新型義体をナメんなよ…!」


 しかしルールーは義体の情報処理能力をフルに発揮し、ハッキングで無理矢理に搭乗者登録を行ってしまう。


 「へへ、これでよし。じゃあ、さっそく動かしてみるか…」


 キュイッ、と甲高い音と共に各関節が駆動し、膝を着いた降着姿勢から上体を立てて立ち上がる。そのまま姿勢制御を行い、暫くユラユラと機体を揺らしていたが、ピタリと停まる。


 「ふーむ、義体とリンクが終わった瞬間、ブレが消えたな。ルールー! 乗り心地はどうだ!?」

 【 乗り心地だって? そんなもん全く無ぇ!! 身体同期ボディリンクのお陰で義体そのものだぜぃ!!】


 無線でそう答えた瞬間、直立不動の姿勢から軽く身を屈めてその場で急転回し、背後目掛けて左右のジャブ、そして左のアッパーから右ストレートへと機敏な動作で繋げ、見上げる程の巨体とは思えない軽やかな足さばきを披露した。


 【 しかも、こいつ遠隔操作出来るぜ! その気になればコックピットから離脱したまま援護射撃だって出来らぁ!! 】


 機外スピーカーでそう話しながらルールーがハッチを開け、機嫌良さげにダンカンに笑いかけた。



 「…で、お前はこいつで何をやらかすんだ? まさか基地に殴り込みでもしに行くんじゃないだろうな」

 「バーカ、そんなくだらない事に誰が使うか! 私は博愛主義者だ!!」


 巨大なオルテガから降りたルールーにダンカンが訊ねると、彼女は親指を下に向けながら反論する。だが、そんな言葉と裏腹にルールーは、周囲を見回しながら断言した。


 「でもまぁ、こんなオモチャが手に入ったらよ…ピッタリな武器が欲しくなるってもんじゃねぇの?」




 

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