第22話 本来の立場



 


 葉山は同僚のオペレーター達と共に、ブーソン監督の発言を待っていた。オールド・トーキョーに採掘拠点が設置されて以来、未曾有の事態を迎えたからである。


 未帰還の全身義体化兵が半数を越え、施設の存続が危ぶまれている今、状況によっては権限の委譲若しくは組織事態の編成見直しすら起きるかもしれない。そうした瀬戸際に面した不安を抱えつつ、居合わせた全員が次の展開を見守っているのだ。



 「…了解しました、指示を伝達し速やかに実行します」


 上層部との通話を終えたブーソン監督が自分のデスクから前に出て直立不動の姿勢を維持し、口を開いた。


 「この施設全体及び所属する全ての人員は、アジア集合管理局の管轄に戻る。施設の独立権限は消滅し、今まで蓄積してきたデータも速やかに管理局預かりとして一切の移管は許されない…つまり、」


 そこまで一息に話してきたブーソンが少しだけ口ごもり、再び言葉を続けた。


 「…我々も、全身義体化兵も、全員がここで待機する。今から接収班が到着するまで施設外に出る事も禁止だ」


 彼がそう告げた瞬間、タイミングを計ったかのようにドアが開き、見た事の無い全身義体化兵達が小火器を構えながら次々と飛び込んでくる。


 「代表者は誰だ」


 悲鳴を押し殺しながら兵士達に投降するオペレーターを掻き分けて、接収班の隊長らしき義体化兵が前に出ながら質問すると、


 「…責任者のブーソンだ。そちらはアジア集合管理局の方か」

 「質問は受け付けない。速やかに投降しろ、そして身柄を拘束させて貰う」


 異議を唱える猶予も与えずブーソン監督の両側に兵士が立ち、彼にオペレータールームを出るよう促す。彼と共にオペレーター達も退去させられていくが、葉山だけはその場から動かずじっとしている。


 「…早かったな、来るのはもっと時間が掛かると思っていたが」


 今までの口調をガラリと変えながら、葉山が隊長に話し掛けると、


 「いえ、事態が急変しています。我々に残されている時間も限られていますから」


 今までの堅い口調から丁重な態度で隊長が応じる。その言葉を聞いた葉山は立ち上がり、オペレーター達が出ていった方とは違うドアに向かい、そこからオペレータールームを出る。


 「さて、それじゃ自分もオールド・トーキョーに行くとしようか…」

 「はっ、お気をつけて」


 着ていたオペレーターのユニフォームを脱ぎ捨て、傍らの兵士からコンバットベストを受け取って身に付けつつ、葉山は歩き出す。と、何かを思い出したのか振り向いて義体化兵の隊長に、


 「…そうそう、に宜しく言っておいてくれ。受けた恩は必ず返す、ってね」


 そう告げると葉山は基地の外に待機していた義体化兵達に見送られ、オールド・トーキョーの廃墟へと消えていった。






 「ダンカンさん、ルールーさん、ちょっといいですか」


 Mkー21オルテガに合う武装を見繕っていた二人に、ヨモギが改まって声を掛ける。昼過ぎに掩体壕へ来てから時間が過ぎ、日も暮れかかっている頃合いである。


 「あー、夢中になり過ぎたか? すまん、切り上げる時間だな」

 「いえ、そうではなくて…オールド・トーキョーに厄介な奴が入り込みました」


 「…厄介な奴?」


 やや間を置いてダンカンが返すと、ヨモギはええ、厄介な奴ですよと答える。


 「私と対を成す存在です。皆さんは我々を【魔王】と【勇者】と呼びましたが、実際は少し違います。こことは違う世界で我々は【闇】と【光】の二派に別れて争い続けていました」

 「へえ、それじゃあんたは【闇】に加担してた方か?」


 ヨモギに気付いたルールーも話に加わると、彼は頷きながら話を続ける。


 「ええ、私は【闇】の派閥に属していました。そしてこの世界に来た時、この身体の元の持ち主が死に、その身体を借りて戦ったのです」

 「…【光】と【闇】の二派は、互いの存在を決して看過せず、根絶するまで争いを止めようとしませんでした。その結果、幾度も現存する世界が滅んだのです」


 「…で、俺達の世界もとばっちりを受けて穴だらけにされたって訳か」

 「結果的にそうなりましたが…」

 「発端なんぞどーでもいいさ。問題は得した奴が居るって事だろ」


 ルールーの指摘にヨモギは首を縦に振り、【光】の勢力の生き残りはアメリカに身を寄せたそうです、と付け加えた。


 「…ハワイと【光】の連中を天秤に掛けて、合衆国は罪を帳消しにしたのか」

 「それで間違いないと思います。このオールド・トーキョーから産み出される様々な希少物質より、更に価値の有る何かを条件に受け入れたのでしょう」


 ヨモギの告白にダンカンは沈黙し、暫くしてからくそっ、と短く罵った。


 「…で、その厄介な奴ってのは、今更なんでオールド・トーキョーに出向いてきた?」

 「それは判りません。但し、アジア集合管理局以外でオリハルコンやヒヒイロカネを所有している国は無いので、手に入れる為に現れた可能性はあります」

 「あんた、随分と詳しいじゃねーの」

 「…オールド・トーキョーで希少物質の産出法を伝授したのは、自分ですから」


 そう答えるヨモギにダンカンは驚くが、ルールーの態度は変わらず気にする様子も無い。


 「あんたの頭ん中は見させて貰ったからな、意外でも何でもねーや…それよりもよ!!」


 そう言ってルールーが手を挙げると、全身に武装を搭載したMkー21オルテガが呼応するように電磁キャノンを構え、コックピットを開いた。


 「…そのってのは、殺しても構わねぇよな?」





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