第23話 ルールー改め…?



 


 葉山がオールド・トーキョーの廃墟に足を踏み入れて最初に行った事は、周辺状況の把握だった。地面に直接両手を着き、掌から伝わる魔力の源の揺らぎを感じ、それを元に様々な情報を得ていく。


 (…この地脈は旧日本本来のものか。微弱な集まりは集落…と、これは魔物か)


 魔力の強弱や波長、そして収束や分散しているかで見当を付け、彼なりの環境情報マッピングを終える。


 「…西の方角に妙な気配が有るな。ルールーに似ている気もするが…」


 葉山の記憶の中とは若干異なる波長を感じ、奇妙な懐かしさと同時に言い知れぬ恐怖を覚える。大抵の敵なら容易く退ける自信はあったが、それでも油断は出来ない。


 「まあ、リハビリも兼ねて慎重に進むとしよう」


 そう呟きながら葉山が一歩進んだ時、彼の背後から十人程のゴブリン達が飛び出し、丸く取り囲むように立ち塞がった。


 「…無駄な事をする気か? どうせお前ら程度…」


 「簡単に勝てる、とは重々承知している」


 戦おうと身構えた葉山に、取り囲むゴブリンの背後から何者かが話し掛ける。その声質はゴブリン達の声に似ているが、端々から漂う知性は比べ物にならない。


 「…ゴブリンロードのお出ましか、珍しい事もあるものだな」


 葉山の声に集団の中から頭一つ抜けた巨体が現れ、彼の前に進み出る。知性と筋力に秀でた優等種らしいその姿は、ゴブリンを統べる者として相応しい風格を備えていた。


 「我々が無闇に戦いを挑むとお思いか? 勝てぬ戦で無碍に臣下を散らすほど、愚かではない。それに相手が光の精鋭と知っていれば、尚の事だ」


 一目で判る程の機能的な鎧を纏ったゴブリンロードはそう言うと、葉山の前で鞘ごと剣を外し、彼に向かって差し出した。


 「…我が軍勢、そちらに下ろうと思うが如何かな」

 「闇に加担していたお前達を、何も言わず配下にしろと?」


 葉山がそう答えるとゴブリンロードは剣を腰に戻し、一文字に揃えた髪を手先で掻き上げながら、


 「…今の情勢は光も闇も無意味だ。優勢な方に付いた方が得策ではないか? それに闇の精鋭に復活の兆しは現れていない。ただいたずらに待って滅ぶより、進んで活路を見出だすのが賢かろう」

 「そこまで言われて戦う程、自分は戦闘狂ではない」


 葉山の言葉にゴブリンロードはニヤリと笑い、ならば共に行こうと促した。




 「ところでよ、あんたの仲間はどうなってる?」


 オルテガのコックピットから降りたまま掩体壕から出たルールーが、後ろに振り返ってヨモギに尋ねる。


 「仲間…ああ、闇の眷属ですか。今は好き勝手にやっていると思います。元は混沌に与する連中ですからね、寄り固まって居るとは思えません」


 そう答えるヨモギに、ダンカンは驚き、


 「…それでよく戦えたもんだな。てっきり誰かが手綱を握ってるのかと思ってたが…」


 大きな掌で自らの顔を撫で、信じられんとばかりに頭を振った。


 「二手に別れて戦ってはいますが、各々の思惑や信念に基づいて動いている為、律儀に私が戻るのを待つような奴は居ないでしょう」


 そうヨモギが語る間、ルールーは掩体壕の向こうに広がる滑走路越しを見つめてから口を開く。


 「…なあ、ダンカン。義体の駆動源ってのは電力だよな」

 「当たり前の事言ってどうする? 今時化石燃料で動く義体が有る訳ねぇだろ」


 ダンカンはつまらなそうに答えるが、ルールーの表情に茶化す様子は無い。


 「…この義体、増加ジェネレータを背負うタイプなんだがよ。ここに補助ジェネレータも入ってる」


 そう言って胸元の義体心臓付近を軽く叩き、それからポツリと呟いた。


 「…その補助ジェネレータの動力供給源が、良く判らなかったんだ。只のバッテリーだと思って気にしてなかったけど、どーやら違うみたいだ」

 「オリハルコン使ったモーターか何かだろ? だったら魔力を供給して動くとかじゃ…っ?」


 ダンカンは何気無く口にした言葉の意味に気付き、思わずルールーの顔を見てしまう。


 「そうさ、補助ジェネレータは魔力を供給して動いてる。しかも非接触端子で、地面でも何でも触れば、勝手にな…」


 そう告げるとルールーの胸部装甲が振動し、全身から黒い波動を発し始める。その波動はもやのように漂い炎のように揺らぎながら、ルールーの周りで躍り続ける。


 「へえぇ、こりゃ凄ぇや…義体出力が通常モードからとっくに振り切れてるのに、駆動系の負荷は基準値以下だってよ」


 ルールーはそう言うと距離の離れた火薬保管庫の盛り土を睨み、ただ普通に走ってみる。たったそれだけの動作で踏み締めた地面が円形に砕けた後、一瞬で近付いた盛り土目掛けて振り上げた拳が触れる。勢い良く振られた拳がレンズ状の雲を形成しながら盛り土に当たり、それは航空機の空対地ミサイルが直撃したように爆散し消え失せた。


 「…ルールー、洒落にならんから間違っても、おふざけで俺を叩いたりしないでくれ」


 その威力を目の当たりにしたダンカンが、勘弁しろと言いたげに呟くと、ヨモギも彼女の義体に施された機能に驚きを露にする。


 「…ジェネレータにオリハルコンを? もしそれが事実なら、ルールーさんの義体は外部充電抜きで、魔力を供給するだけで動くって事になりませんか」

 「まあ、そうなるな。しかし何をどうすりゃそうなる? あの義体は魔力をエネルギーに転換出来るような理屈で設計はされちゃいない筈だぜ」


 【 んなもん、私がヨモギの記憶や何やらをダビングしたからに決まってるんじゃねぇか 】


 二人の会話に秘話通信で割り込みながら、ルールーはそう答えつつ戻ってくる。


 「それに速いだけじゃねぇ、義体のショックアブソーバ以外の何かが効いてるな。盛り土叩いても全然平気だぞ?」

 「それは無意識下で、身体を護る障壁が発生しているからでしょう。魔力を日常的に扱う魔族なら、自然と覚える類いの技ですが…義体化兵が使うなんて聞いた事も有りません」

 「じゃあ、ルールーは魔族だな。お前、魔性の女って事になったぞ!」


 ダンカンが冗談めかして言うと、ルールーは誇らしげに笑いながら言い返した。


 「あー、そうさ! だからこれからはルールー様って呼べよな!!」



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