第26話 新たな敵影



 


 シャララララ…と実剣を鞘に仕舞いながら、ルールーはオルテガのコックピットから周囲を見回す。彼女の身体は狭い室内で膨張型クッションと可変シートに固定され、様々な外的衝撃から彼女を遠ざけている。その為、ルールーは各種センシング機器と視覚や聴覚をリンクさせ、オルテガの頭部を動かして情報収集をしていた。


 【 …何だ、もう終わりかい。噂に聞いた【青龍】部隊も大した事無いなぁ! 】


 だが、一機も残らず駆逐し終えたルールーは、自分の仕事振りにやや満足しながら寂しげに言い、足元に転がる義体化兵の身体を蹴り飛ばした。だが、転がった先で停止していた筈の義体が手足を伸ばし、起き上がった瞬間を見逃さなかった。


 【 ああ、成る程! これが【青龍】部隊の強さの秘訣って訳か! 】


 ルールーの視線の先で胸から上を失った義体化兵が立ち、近くに落ちていたヒートナイフを掴むとオルテガ目掛けて跳躍する。


 【 死んでもまだ、戦意旺盛って感じだな! 】


 どのような仕組みか判らないが、頭を失った義体化兵の鋭い一撃を実剣で逸らし、再び斬りつける刃ごと義体を真上から真っ二つに叩き斬る。純粋な物理エネルギーのみの無造作な一閃で、中心から二手に別れた元義体化兵の身体が漸く停止した時、義体に手足が繋がったままの六体がオルテガの元に殺到する。


 【 人気者なのはありがてぇが、淑女レディをダンスに誘うにゃ言葉が足らねぇな! 】


 だが、ルールーは慌てる事無く実剣を二刀流に構え、受け流しては切り払いと巨軀をものともせず戦い続け、遂に最後の一機を元の亡骸へと戻してやった。


 【 しっかし、何なんだコイツら…副電脳が腹の中にでも有るのか? 】


 爪先で胸から上が失われた義体を突つきながらルールーが呟くと、僅かに反応した義体がビクビクと揺れ動くが、それ以上は何も起きない。


 【 …こりゃ、相互リンクで義体を動かしてただけみてぇだな。死人部隊デッドマン・コマンドとかシネマだけにしてくれよ… 】


 中国軍義体化部隊を駆逐したルールーだが、勝利に酔う暇は与えられなかった。


 【 おい、ルールー! また次の敵が近付いてるぞ! 】

 【 あー、そうかいそうかい…サインが欲しけりゃ並んで待てってな 】


 ダンカンから連絡を受けた彼女は、オルテガの中で舌打ちしながら新手の侵攻に備える。その相手は、彼女が思う以上の早さで現れた。


 ブンッ、と唐突に羽音を鳴らしながら、視界内に背景と混ざり合った何かが飛来し、対地ミサイルを次々と射出する。黒雀蜂ブラックホーネットは現れると同時に、武装ラックに搭載された短距離有線ミサイルを八発射ち、オルテガに対し飽和攻撃を挑む。


 【 並みの陸戦兵器なら、捌き切れねぇだろうが! コイツは違うんだよっ!! 】


 ルールーは敢えて前に進み、束になって飛来する対地ミサイルに近付くと電磁ライフルを射つ。白い煙を引きながら飛行するミサイルに向けて射った弾丸は、ミサイル自体や誘導用ワイヤーを破壊し、何発かはオルテガから逸れて廃墟に落ちて爆発した。しかし、無傷だったミサイルも有るがオルテガに搭載された近距離防御用対空レーザーが発射され、生き残りのミサイルも撃墜する。


 機体に当たる直前で破壊したミサイルの黒い爆煙が広がる中、オルテガが接近する。自律AIで動く対地攻撃ヘリのブラックホーネットはオルテガの接近を感知すると、瞬時に回避機動を開始し有人機では有り得ない速度で急上昇。そのまま後退しながら電磁チェーンガンでオルテガを射ち続ける。


 【 いてっ!! クソヘリめ、身体に穴が空いたらどーするんだよ!? 】


 一番分厚い前面装甲で弾かれた弾頭が激しく火花を散らしながら砕け、その度にルールーの身体が揺さぶられる。しかし、電磁チェーンガンと言えど正面からオルテガの装甲を貫通出来ず、有効打を与えられないとみるやブラックホーネットはそれ以上の追撃を諦め、牽制射をオルテガに撃ちながら射程外へと逃げていく。


 【 好き放題にバカスカ撃ちやがって…お返しに撃ち落としてやりゃあ良かったなぁ… 】


 ルールーが悔しげに呟くも、相手はレーザー測距を感知するだけで左右に動き、狙撃の余裕を与えない。生身の人間が乗ったヘリには真似出来ないそれこそが、ドローン機特有の強みである。


 だが、いつまでも悔しがってはいられない。ドローンが偵察してきたなら、次は本番だろう。そう切り替えるとルールーはオルテガの背部ラックから新しい弾倉を取り出し、電磁ライフルに装填する。


 【 …やっぱりな。それにしても見た事の無い機体だな… 】


 最前線に立つルールーだが、やがて現れた次の相手を視認しても所属国が判別出来ない。オルテガのデータベースにも記録されていない歩行兵器は、挨拶代わりに光学迷彩で姿を消して廃墟に入り、オルテガに向けて距離を詰めて来る。


 【 ダンカン! 新手の所属先は判るか? 】


 一瞬だけ見えた相手の画像を後方に待機しているダンカンに送り、ルールーが尋ねる。


 【 …ふむ、何だろうな…さっきのブラックホーネットは民生機の改造型だから、民間軍事会社だと思うが… 】


 国家間の複雑な揉め事に民間軍事会社が投入される事は珍しくないが、今回の争いに手を出せる程の強武装で固めた部隊は、彼の記憶の中には見当たらない。況してや光学迷彩を施せる程の装備を有するのは、国家直近の軍隊位しか有り得ないだろう。そのギャップに頭を捻るダンカンだったが、痺れを切らしたルールーは、行動に出るのも早かった。


 【 光学迷彩っても、万能じゃねぇんだよ! サーチドローンを撒いて炙り出してやるぜぃ!! 】


 ルールーは叫びながら多目的射出ランチャーから数発のロケットを射出し、上空で爆散させると中のドローンを放出させる。キラキラと光を反射させながら飛び出した超小型サーチドローンは、撒き散らかされると同時に聴音センサーで周囲の状況を把握し、光学迷彩で姿を消していた機体の足音を拾うとデータを送信する。


 【 …おっ、来た来た…七機か。と、言う事は…一機は指揮官か何かだな 】


 三機編成で侵攻する相手が二部隊、そして後方に一機。合計七機の歩行兵器がルールーに迫る。連戦の疲れも見せないルールーだが、正体不明の相手と激突するのは時間の問題だった。





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