第25話 侵入者



 


 国籍不明の義体化兵達と黒雀蜂ブラックホーネットが進軍した場所の先では、既に衝突が起きていた。ダンカンの義体より旧式の【十三式戦斗体】の二十機が、ゴブリン達を相手に一方的な戦闘を繰り広げている。彼等は中国軍の先遣隊で、オールド・トーキョーに橋頭堡を確保する為、潜水艦で青森県付近から南下し東京湾へ上陸していた。


 【 抵抗する武装勢力は、全て殲滅せよ 】


 指揮官機から指示を受け、四機小隊を形成しながら義体化兵が大口径実弾アサルトライフルを携え、数に勝る利を生かしつつ前進していく。各自から一切の返答は無い。個々の隊員は情報共有を優先し相互リンクしている為、組織ではなく一つの個体として行動するからだ。


 そんな彼等の前進を阻止しようとゴブリン達が行く手に立ち塞がるが、生身の兵士では太刀打ちすら出来ない義体化兵の弾幕で、次々と撃ち倒されてむくろと化していく。


 【 抵抗は軽微…このまま前進する 】


 バイザーの陰から赤いレンズで光を反射させつつ、中国軍の義体化兵達はゴブリンの死体を踏み潰して進む。一時的にゴブリンメイジ等の上級戦闘支援者が居なくなっている今は、数を繰り出して少しでも侵攻を遅らせる以外に手は無い。


 「グ、グオオオォッ!!」


 腹部に被弾し血を流しながら、通常のゴブリンより体格の大きなホブゴブリンが突進し、大きな石を取り付けた棍棒を振り下ろすが、装備された弾避け用防盾で受け止めた義体化兵は、


 【 抵抗分子を排除する。同士撃ちを避ける為距離を保て 】


 周囲の仲間に通信で告げ、片手でアサルトライフルを構えると一掃射する。被弾したホブゴブリンは胸と頭に次々と銃弾を浴び、血と肉片を撒き散らしながら絶命した。


 【 排除完了、前進を再開する 】


 自分より一回り以上も大柄なホブゴブリンを倒し、先頭の義体化兵が弾倉を交換しながら一歩踏み出したが、その兵士はそれ以上前に進む事は出来なかった。


 【 …っ? 】


 薬物と精神操作プログラムで感情の起伏を欠いた兵士が、身体の異常を感じて足元を見る。足は特に異常は無い。一瞬だけ感じた違和感に戸惑う彼は、周囲を見回そうと頭を上げようとしたが、意に反して視界は更に下がり、あろうことかそのまま前方に向かって視界が一回転する。


 【 …一体、何が起きて… 】


 思考の中で事態を収拾し切れぬままぐるりと回る視線の先で、鋭利な刃物で首から上を切断された自分の義体が見え、そしてようやく頭部がヘルメットごと地に落ちた瞬間、残された身体が真上から踏み潰された。


 【 ハローハロー! コニチワ!! …で、お前ら何者だい? 】


 底抜けに明るい口調でルールーが言いながら踏みつけた義体から爪先を離すと、飛び散った破片と砕けた義体のパーツが足の裏から地に落ちる。しかし先鋒の兵士を一瞬で粉砕された義体化兵達は、彼女の言葉に返答しない。直ぐに態勢を立て直そうと行動を開始する彼等に、


 【 …ノリの悪い連中だな!! わざわざ遊びに来てやったんだから、もっと楽しもうぜ? 】


 MKー21オルテガのコックピットから呼び掛けると、背部ラックから長大な電磁ライフルを抜き出す。その長さは携行用にバレルが折り畳まれているが、ラックから引き抜くと同時に伸びていく。


 【 新しい抵抗分子が現れた。各自突発戦闘に備えよ 】


 仲間を失いながらも、中国軍の義体化兵部隊【青龍チーロン】は散開しつつルールーに照準を合わせる。直ぐに派手なマズルフラッシュと共にアサルトライフルが唸り、大量の薬莢が地に落ちる甲高い音と共にオルテガの周囲から土煙が上がる。


 【 …撃ち方止め、弾倉交換を行いながら索敵せよ 】


 やがて装填された弾丸を撃ち尽くし、マガジンチェンジをしながら【青龍】部隊の義体化兵達が前進する。装甲車も容易く撃ち抜ける大口径アサルトライフルは、ルールーが居た場所を掘り下げてしまう程の威力を発揮していた。もし、そこにまだルールーが居たとしても、残骸すら残されていないだろう。


 【 …あーあ、つまんねぇな。只の徹甲弾ごときでオルテガの装甲が撃ち抜けると思ってんのか? 】


 しかし、ルールーもオルテガも健在らしく、彼女の声が響くと前進していた義体化兵の足が停まる。


 【 好き勝手にぶっ放してくれるじゃねーの。じゃ、次はこっちの番だぜ? 】


 銃弾で掘り起こされた窪みが、じわりと滲むように揺らぎ、光学迷彩を切ったオルテガが姿を現す。装甲に傷一つ付いていない機体が一飛びで下がり、長い銃身の電磁ライフルを構えて【青龍】部隊の義体化兵に向ける。


 直ぐ立ち直った【青龍】部隊の兵士達が銃口を彼女とオルテガに向けるが、逸早く電磁ライフルを放ったのはルールーの方だった。


 ギンッ、と特徴的な音と共に電磁ライフルから弾体が放たれ、超音速で飛翔したそれが義体化兵に着弾すると、小さな孔と反比例して内部で弾丸が傘のように開き、一気に物理エネルギーを放出して内側から衝撃波を生み出す。その結果、たった一発の被弾を受けただけで義体化兵は爆散し、オールド・トーキョーから消え去った。


 【 さっすが大口径だなぁ! まー、紙装甲の義体じゃ太刀打ち出来ねぇだろ? 】


 その巨体から想像すら出来ない程の俊敏さを発揮し、ルールーとオルテガは円軌道の動きを基調に不規則な跳躍を繰り返し、【青龍】部隊の兵士を翻弄しながら正確無比な狙撃で一機、また一機と撃ち倒していく。だが、相手は自らの不利を悟ると即座にスモークグレネードを投げて発煙し、煙幕を利用してルールーの視界を遮ろうと目論んだが、


 【 ふぅーん、教科書通りの対応だな…でも、ぬるいんだよ、そーゆーのは!! 】


 彼女の言葉と共にオルテガは着地し、大きく一歩を踏み出すと円軌道の動きから一気に距離を詰め、背部ラックに電磁ライフルを収納しながら新たな武器を取り出した。


 【 …各自、乱戦に備えよ。相手は近接戦闘を試みると予測される 】


 集団の中に潜む指揮官機が命じ、【青龍】部隊の義体化兵達もアサルトライフルからやや小振りなヒートナイフに持ち替える。だが、そんな彼等の意図を嘲笑うようにオルテガは両手に各々実剣を持つと、旋風のような俊敏さで振り回し始め、煙幕に包まれたその場所で殺戮の限りを尽くした。




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