第2話 ゴブリンとルールー



 オペレーターの葉山がルールー達のドローンを介して眺めると、狭い店内でルールーの前に三人のゴブリンが身をすくめながら成り行きを見守り、彼女の後ろからダンカンがショットガンを構え、状況に応じて直ぐ動ける準備をしている。




 「…で、お前らは何をくれるつもりなんだい?」


 と、先程までの猛々しさを潜めながら、ルールーが優しい声で尋ねると、ゴブリンは一目で判る程の安堵した表情を浮かべながら皮袋を差し出した。


 「へえ、宝石か」


 中身を掌に出しながら、ルールーが呟く。中身は大小十個程の色とりどりの輝く石で、素人目で見ても彼等が命乞いの代償として寄越すには高過ぎる物だろう。


 だが、ルールーはその宝石を袋に戻すとゴブリンに返し、


 「…じゃあ、お前ら車に乗れや。そんで元仲間のクソ袋共を降ろせ。そーしてりゃあ、その間は死なずに済むぜ?」


 ガラリと口調を変えながら顎先で外を示すと、運搬車両がキャタピラを鳴らしながら近付いて来た。無論、その荷台にはゴブリン達の死骸が積まれ、乗り込めるような余地は見当たらない。


 「ああ? お前ら生きて乗るのか、それとも死体になって積まれるか、好きな方を選べってんだよ!!」


 躊躇するゴブリンの鼻先に近接兵器のチェーンソーを突き付けながら、ルールーが語気荒く詰め寄ると状況が飲み込めたのか、三人のゴブリンは両手を挙げながら荷台に近付き、何とか隅の一角に乗り込むと車両が動き出した。


 【…宝石なんて何処から持ち出したんでしょうね】

 「んな事知るかよ…でも、お前ら日本人が連中からくだらん代物を受け取ってしちまったお陰で、トーキョーはこうなっちまったんだぜ? それを忘れるなよ」


 ルールーの言葉を聞いて葉山は声を出せなくなる。確かに過去の日本に現れた異世界の住人から、当時の人々が様々な物品を手に入れた事により、最終的に【魔王】と呼ばれる存在を招き寄せたのだ。


 「…まあ、そうは言ってもハヤマが生まれるずーっと前の話だかんな…あんたに罪は無いがね」


 しかしルールーも多少言い過ぎた自覚が有ったのか、そう言い繕うとそれきりその話題は持ち出さなくなった。




 「ふいいぃ~っ!! よーやっと戻って来れたなぁ!!」

 「ああ、今回も雑魚狩りだったが…無事に帰れた方がありがたいな」


 基地に戻ったダンカンとルールーは、そう言いながら兵装換装庫に入り、重暴徒鎮圧用義体から通常義体へと換装作業を始める。とは言え、庫内に行けば作業用ドロイドが義体を取り囲み、二人の身体から外装を取り外して元の手足に戻すだけだ。


 「おいダンカン、こっち見たら殺すぞ?」

 「アホかルールー、てめぇの骨格見ても勃起なんざしねぇっての」


 ルールーとダンカンがくだらない会話を交わす中、葉山が二人の義体認証コードを確認し、プロテクトを外すと作業用ドロイドが外装のロックを解除し、重量感に富んだ分厚い装甲を次々と外していく。そして駆動部が露出するとドロイドのアームが通常義体を添え、腕を交換し脚部を支えながら交換し終え、義体換装が完了した。




 「いやはや、近頃はデカイ連中になかなか出会えんな…」

 「仕方ねぇだろ、毎回毎回配置も組み合わせも変わるんだかんな…」


 二人はそう言い交わしながら兵装換装庫から出て、今日の侵攻状況を報告する為に監督が待つ執務室へ向かった。




 オールド・トーキョーは広大な関東平野に横たわる、巨大な迷宮と化していた。旧日本が巻き込まれた未曾有の大災害が何故起きたのか、その詳細を知る者は居ない。しかし、残された僅かな生存者によれば、要因の一つは【魔王】と【勇者】と呼ばれる者達のせいだと言われている。彼等の戦いが起きた後、旧東京は完膚なきまで破壊された結果、その首都機能と共に都民の大半が死んだ。


 こうして旧日本は国家としての骨組みだけ残し、国民の半数と共に異世界から転移してきた者によって失われた。


 …しかし、そこまでの過程は過去に起きた戦争等と同じだが、何故旧日本は存続出来なかったのか。何処かの地方自治体が首都機能を兼ねれば、多少は国家の枠組みを残せたかもしれたい。だが、それを周辺の諸外国が許さなかったのだ。




 「…では、ハヤマの就任を祝して…乾杯っ!!」

 「ういいいぃーーっ!!」

 「ルールーっ!! 乾杯する前から飲んでんじゃねえっ!!」


 葉山が基地に到着した日の夕方、同じ職場に勤めるオペレーターや施設内作業班員、そしてルールーやダンカンが勤める現場組の面々が集まり彼の就任祝いを行った。オールド・トーキョー砂漠駐屯地は旧日本の東京湾管理施設の跡地に在るが、現在は砂漠化した広大な関東平野の片隅に作られた基地として機能している。


 駐屯地、と呼称されてはいるが軍事用施設ではない。厳密に言えば、ルールーを始めとする様々な人々は、アジア集合管理局から派遣された職員である。しかし、彼等の大半は施設内外で【特異希少物質】を集める為に働いている。


 【特異希少物質】とは、異世界からやって来た転移生物から抽出される物で、現在の地球で産出されるのはオールド・トーキョー砂漠のみ。それ以外の地域では一切存在しない。転移生物を捕獲若しくは殺害して集め、その肉体を粉砕加工し更に粒子化させ、その中に含まれる微量な【特異希少物質】のみを抽出している。しかし、その抽出方法は旧日本で確立されたものの、文章やデータ記録で残さず人間の記憶のみで伝承する時代錯誤な手段で技術を残した為、諸外国に滅亡した旧日本国民を無償で難民として扱う代わりに、【特異希少物質】を供与する取り決めを現日本自治区とアジア集合管理局が交わして今に至る。


 …つまり、国家としての機能の大半を失った現日本自治区は、【特異希少物質】が欲しければ旧日本人を手厚く扱え、と交換条件を持ち掛けたのだ。




 【特異希少物質】とオールド・トーキョー砂漠、そしてそこで異世界転移生物を狩る人々は、こうして今日も複雑な事情を余所に生きている。


 「おらあっ!! もっと飲めハヤマ!! おめぇの歓迎会なんだよタコっ!!」


 …因みに、彼等の公用語は日本語ではない。英語を元に作られたアジア共用語で、以降の会話は全てそれで行われている。ルールーの訛りは彼女の生活環境が劣悪だったからで、アジア共用語が悪い訳ではない。

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