第7話 ルールーの装備



 


 「だからよ…もーちっと破壊力を増やせねぇかって話なんだよ」


 大トカゲを狩った翌日、定期休日で勤務外になったルールーが葉山の元に現れたのだが、当然ながら非番の彼女の義体は通常義体ノーマルボディ。ほっそりとしながら局所はキチンと強調されたデザインで、外見を自由に意匠変更出来る義体と言えど、脇の切れ込んだショートパンツと大きめのパーカーを緩やかに着こなした姿は、独身の葉山にしてみれば普段とのギャップが有り、ちょっと萌えた。


 「い、いや…ちょっと待ってください! 今の義体のままだと出力増強すると長時間駆動が…」

 「だーかーらー! んな事ぁ判ってんだよ!!」


 こうして葉山とルールーが押し問答を繰り広げ、彼が現在担当している別のコンビから【何遊んでるんだよ早く支援しろ】と怒鳴られたり…と、それはともかく、ここで異世界生物を狩る彼等が何故少人数で行動しているのか、について補足しておく。




 過去にオールド・トーキョーには幾度も捜索隊が派遣されている。徒歩、車両、そして空路。そうした移動手段で明確になったのは、魔境と化したオールド・トーキョーが一定の速度を維持して通過しようとすると空間がねじ曲がり、反対側まで突き抜けてしまうという事実だった。


 徒歩は全く問題無かった。車両も低速を維持すれば内部を移動出来た。しかし、四十キロ以上出すと一瞬でオールド・トーキョー外に出てしまう。無論、内部で加速しても同様で、全身義体の兵士がフルスピードで加速してしまうと、あっという間に範囲外に出てしまうのだ。


 その為、速度を維持しないと飛行出来ない航空機は論外であり、ヘリコプター等も低速を維持しなければならず、燃料の消費に対して移動距離が稼げず運搬や移動に適しないと判断された。


 そして人数も同様で、一個小隊規模で編成された捜索隊がオールド・トーキョーに侵入すると、いつの間にか人員が二手に別れてしまうのだ。そしてオールド・トーキョーから外に出ない限り、合流する事も出来なかった。何故そうなるのか、どうしてそうなるのか、答えは出ていない。


 では、人間以外ならどうか。完全自律タイプのドローンなら何らかの法則が働くのだろうか。結論を得る為、長距離偵察用の地上移動型ドローンをオールド・トーキョーに派遣した結果、ドローンは直ぐに反応が消えた。人間が随伴して観察すると、完全自律型ドローンは暫く稼働した後、突然暴走し彼等を置いてオールド・トーキョーの廃墟の中へと消えてしまったそうだ。


 そうした検証の末、オールド・トーキョーに向かう人々は追従型ドローンや無人運搬車両を随伴させ、少人数で行動する事が推奨されている。尚、重装甲の戦車や装甲車でも侵入は可能だが、廃墟が折り重なり進行が困難な箇所も多く、現状は運用されていない。




 …さて、そうした事を踏まえつつ、ルールーと葉山の問答は平行線のままである。


 「なぁ~、もっと強力な奴が欲しいんだよ~」


 ルールーが葉山の机に尻を乗せて前屈みになり、彼の髪の毛をもしょもしょと指先で弄びながらねだり続ける。


 「…航続距離が短くなりますよ?」

 「そ~なんだよなぁ…一番軽くて威力あるのが、電磁ライフルだからなぁ」


 とうとう葉山の机の上で寝転がり、横になって彼の仕事の邪魔をしながらルールーが呟く。ほとんど自分の部屋のようにくつろぎながら、彼女は装備についてうだうだと提案し、葉山は却下を繰り返した。しかし、彼女のしつこさに根負けしたのか、葉山は遂に妥協策を切り出した。


 「…じゃあ、義体の動力炉と駆動システムを次世代型に変更しますか?」

 「…ん? おいハヤマ、そーゆー策があるならさっさと言いなって!」


 彼の提案に飛び付いたルールーは、ちょこんと机の上に座り込むと葉山の手を両手で掴んで頼み込む。


 「頼む! 次世代型の何たらを導入してください早くしろ!!」


 「…まあ、可能ですが…高いですよ?」


 「…幾らだ?」


 思わず小声になるルールーの耳元に口を近付けた葉山が、小さな声で額を告げる。



 「…んなぁっ!? おいっ! よ、四千万…だって…!?」

 「はい、義体と動力炉だけで、です。それに改良型電磁ライフルを合わせると…たぶん、六千万は…」

 「ひええ~っ!? そ、そんなに高いのかよ…」


 葉山の言葉にルールーは呆然としてしまう。彼女の日当は一万五千。そこに出来高制のボーナスは入るが不安定である。そこから保釈金の返済に充てられて残りは…そう考えると、果たして結果はどうなるだろうか。




 「いやぁ~、やっぱり新品は何でも良いなぁ!!」


 キュンッ、と駆動音を響かせながらルールーが手足を動かすと、ボディの外装が軋みの音を一つも立てず義体に密着する。最新型の次世代全身義体、それも様々な箇所に【オリハルコン】と【ヒヒイロカネ】を用いた純戦闘用義体へと換装したルールーは、試験用区画で各パーツの追従性を確認していた。


 特異希少物質の【オリハルコン】、そして【ヒヒイロカネ】は、オールド・トーキョーでしか産出されない合金用金属である。双方とも異世界生物の身体に蓄積する【魔素】と呼ばれる魔力の微細な結晶を抽出し、インゴットに加工した物を素材とし、それにチタンや伝導性の高い金属を混ぜて製造される。【オリハルコン】は主に発電コイルや伝達回路に用いられ、既存の電磁モーターを常温超伝導化させる際に必要である。そして【ヒヒイロカネ】は粘りと硬度を超次元レベルまで追求出来る為、外装や骨格パーツ等の強度が必要な箇所に使用されている。


 それらを用いたルールーの新しい義体は、彼女をどこまで強くさせられるのだろう。無論、その出費は個人負担である為、借金返済に追われる事だけは確実である。



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