第6話 ルールーとオオトカゲ



 


 「…と言ってみたが、どんなもんだかね…?」


 手首の接合部からチェーンソーに給電されるのを確認し、ルールーは補助バランサーを収納しながら考える。相手は一回り小さくなったとはいえ、彼女から見れば巨体な事に変わりはない。しかも先程ダンカンの銃撃を避けた動きから考えると、俊敏な動きで油断は出来ない。


 しかし、躊躇する時間は無い。覚悟を決めてルールーは地を蹴り、チェーンソーの回転を上げながら相手の前足を狙う。


 唸りを上げながら刃先が前足に触れる寸前、地面が砕ける程の荷重を掛けながらトカゲが跳び、ルールーの攻撃を避ける。そして着地と同時に長くしなる尻尾が真横から振られ、小柄なルールーが衝撃と共に宙を舞った。


 …キラリ、と空の縁が白く光り、それが地平線だと気付くまでルールーは意識が一瞬だけ飛んだが、対衝撃回路が働くと同時に増血バイパスから血が流れ込み、意識を強制的に回復させられて手足を伸ばし、綺麗に着地する。


 「おいルールー!! 死んだか!!」

 「っざけんな!! …まだ死んでねぇよ」


 ダンカンの言葉に憤りつつルールーが答えながら着地し、尻尾の一撃を受けて軽く曲がった左腕のプロテクターを地面に落とす。


 「死んでねぇが…ヘタすりゃ死ぬかもなぁ」


 ゴトン、と重々しい音と共に厚みの有る金属板が転がると、身軽になったルールーは左手を振りながらバランスを調整する。だが、言葉とは裏腹に彼女の表情に恐怖は無い。


 「ダンカン! 挨拶代わりに食らわせてやれ!」


 走り出しながらルールーが叫び、答える代わりにダンカンはショットガンを連射する。彼が扱うセミオートショットガンは全身義体に合わせて炸薬量を増した物だが、それを機構上最速の速さで連射する。流石に俊敏さを誇る化け物トカゲといえど、全て避け切れる筈は無かったが、


 「こいつ…銃口の軌道でも読んでやがるのか!?」


 右に左に動き回るトカゲに翻弄されながら、ダンカンは苦悶の表情を浮かべる。だが、それは相手も同じ。回避に専念し続ければそれで済むが、


 「うおらあぁっ!! こっちを忘れんなっ!!」


 ルールーが叫びながら加勢すると唸りを上げるチェーンソーを振りかざし、相手の動きに先回りした末、遂にトカゲの表皮を回転刃が捉えた。


 ギキイイィッ、と回転する刃先が鱗を削り火花を散らすが、押し当てる力と弾き返す力が反発し合い、上手く相手の表皮まで削り切れない。そしてトカゲがルールーを突き離そうと足を上げて振るい、その動きだけで彼女の身体は弾き飛ばされてしまう。


 ザザザザッ、と地面を滑りながらルールーがバランスを取り、その場から跳躍すると真上からトカゲの尻尾が振り下ろされる。その衝撃で砕けた石が飛散し、彼女の視界を塞ぐ。


 「けっ、次から次へやってくれるなぁ!」


 地味な目眩ましに舌打ちしながら、ルールーはバックパックから手投げ弾を取り出し、片手で握り締めながら叫んだ。


 「ダンカンッ!! ライアット使うぜ!!」


 言葉と同時に手から手投げ弾が離れ、トカゲの目の前に落ちると炸裂音と閃光が連続する。室内で使う鎮圧用の無力化兵器の一つだが、予備知識の無い者が目の前で使われれば、視覚と聴覚が暫く麻痺してしまう。


 案の定、ルールーの姿を見失ったトカゲが目を瞬きながら頭を振るが、至近距離に近寄った彼女の姿が確認できないようだ。


 「…これでも食らえぇっ!!」


 真下から飛び上がったルールーがチェーンソーを真上に掲げ、トカゲの喉から口先に向けて回転刃を振り上げる。小さな鱗が密集していたそこは皮膚が伸縮出来るよう柔らかいのか、刃先がめり込むとバターを切り裂くように容易く回転刃が回り、一瞬でトカゲの頭が真っ二つに裂けた。


 あれだけてこづったトカゲだったが、脳まで刃が達したのか白目を剥いたまま暫く身体を保っていたが、全身から力が抜けると四肢を広げて胴体を地に付け、頭から血を流しながら絶命した。


 「ひゅうっ!! やっぱクソ袋共とは違うなっ!!」


 相手が動かなくなり、緊張が解けたのかルールーが嬉しそうに叫びながら振り向くと、ダンカンも構えていたショットガンを降ろして親指を立てた。


 「…おい、ハヤマ!! デカいトカゲが獲れたぜ!」

 【はい、確認しました。直ぐに回収ドロイドを向かわせます】


 戦果を確認した葉山が答えると、村の外で待機していた無人運搬車両からドロイドが降り、トカゲに取り付くと乱雑に切り分けながら解体と積み込みを始めた。





 「…んだとっ!? あれだけ苦労して回収したのはそんだけかよ!!」

 「ええ…外皮から全く採集出来ませんでしたし、トカゲも幼体に近く含有量も僅かでしたので…」


 基地に戻り、上機嫌で葉山の元にやって来たルールーだったが、彼から予想外の返答を聞いて思わず声を荒げてしまう。


 「…それと、ダンカンの銃弾使用量がこれで電磁ライフルの弾丸がこの位で…」

 「おいおいっ! これじゃほとんど赤字じゃねーかよ!?」


 その冷徹な数字を眺めて興奮気味に叫びながら、ルールーは天を仰いだ。そして仕方ないと言いたげに渡されたタブレットに指先でサインを済ませ、溜め息と共に部屋を出た。


 「…まあ、死ななきゃ儲けもんって所か…」


 しかし、苦虫を噛み潰したような顔も、直ぐに落ち着きを取り戻す。村から戻る間際、村人達はこぞって集まるとルールーとダンカンに何度も何度も頭を下げ、子供達は遠く離れるまで彼等の後を追って手を振り続けた事を、思い出したからだ。


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