第8話 ルールーと次世代義体



 義体を換装したルールーが再びオールド・トーキョーに訪れたのは、それから二日後だった。義体各所の調整と共に義体駆動回路を大幅に改変した為、補助電脳の代理演算素子もクロックアップ処理が施され、その調整に時間が掛かったからである。




 ルールーとダンカンの二人は、オールド・トーキョーの入り口(旧東京湾埋め立て地付近)から徒歩で進み、脱線した電車の車両の脇を抜けて錆びた車が鎮座する大通りに出た。


 「…そうさ私は~六千万ん~の女ぁ~♪」

 「…趣味の悪い歌だなぁ」


 妙なテンションで歌うルールーに、ダンカンが呟きを漏らす。しかし当の本人は朝からずーっとこの調子なのだ。


 「いいじゃねーか! どうせ稼いで返せばチャラなんだからさ~」

 「まあ、頑張れや…こっちは平凡に出力上げただけで抑えといたがね」


 そう返す彼もルールーに触発された訳ではないが、義体の動力炉をバージョンアップさせたようで、言葉と裏腹にどこか余裕が見られる。ダンカンもガトリングガンから更に高火力の二十ミリ電磁ライフルに装備を変更し、てこずった大トカゲと再戦しても勝てるさと意気込んでいる。


 「ま、あんまりはしゃいでオールド・トーキョーから弾き出されるなよ?」

 「へーきへーき! どうせ同じ場所でウロチョロしてりゃ、そうそう摘み出されやしねぇさ!」


 そう答えてルールーは背中に手を回し、新調した【ヒヒイロカネ】の実剣を鞘から抜き出した。


 「へぇ、それが噂の次世代型義体用の近接兵器か」

 「ああ、そうだってな…ま、実際に斬ってみなきゃ何も判らねぇがね」


 興味津々に眺めるダンカンに、ルールーは波紋のような地肌に陽光を反射させながら、空に向かって刃先を突き出した。


 ヒヒイロカネの含有率を極限まで上げた実剣は、やや反り身の日本刀に近い造りだが、握りの部分は合金の地金が剥き出しになっている。グローブを着けて握る設計の為、余計な装飾は一切付いていない。しかし、却ってその方が実用的に見える事もあり、ルールーは気にしていなかった。


 「おいルールー、あれ斬ってみろよ」

 「…んぁ? おいダンカンあれは電信柱だぞバカじゃねーの?」


 ダンカンが廃墟の隅に有る、半ばから折れたコンクリート製の電柱を指差し、ルールーは呆れながらもテクテクと近付いていく。


 「あのよぉ…幾ら何でも、試し斬りにコンクリートはねぇだろ。もし折れちまったらどーすんだ?」


 そう言いながら、しかしルールーは再び鞘からヒヒイロカネの剣を抜き、やや上段の構えを取ってその前に立つ。


 「…もし折れたら、言い出しっぺのお前が弁償しろよ?」


 言葉とは裏腹にルールーの表情は真剣で、薄目がちに電柱の中心を睨む。


 トンッ、と軽く一歩踏み出しながら剣を振り上げ、足が地に付くと同時に振り下ろした。


 ズンッ、と鈍い切断音と共に何事も無かったように刀身が電柱を通り抜け、やや遅れて斜めに切れた電柱がズルッと滑るように倒壊した。


 「…んだ、これ。ホントは偽物の電柱なんじゃねぇの?」


 そうは言いつつ指先で切断面を撫でてみると、ざらりとした本物のコンクリートである。しかし、中空構造のそれは芯に鉄筋が編み込まれている上、厚みも充分有る。適当に叩き付ければ斬れる代物ではない。しかも断面の縁から覗く小粒の砂利も、綺麗に丸く切れているのだ。


 「こりゃすげぇなぁ…まるでカミソリで切ったみたいになってらぁ…」


 斬った本人のルールーが感心しながら電柱から離れると、不意に周囲がざわめき始める。どうやら電柱相手に遊んでいる間に、何者かが二人を取り囲んでいたようだ。


 【…ダンカン、回線維持でやるぞ?】

 【ああ、相手は布陣済みだろう。逃げ道は絶たれているかもしれん】

 【バカ言うな…だーれが逃げるかってんだ】


 短距離通信で言葉を交わしながら、ルールーは納めていたヒヒイロカネの剣に手を添え、ダンカンも電磁ライフルのトリガーに指を這わせる。そのまま二人はじっと時を待ち、相手の出方を窺う。



 事態が動いたのは、二人が囲まれてから三分程だった。


 まず、廃墟から伸びた木々の隙間から矢が降り注ぎ、ルールーとダンカン目掛けて次々と飛来する。そして間髪入れずときの声を上げながら、手に棍棒や刃の欠けた剣を持ったゴブリン達が大挙して押し寄せて来たのだ。


 【へえぇ、こりゃ壮観だな! それにキチンと統制も取れてるし動きに迷いが無ぇ!!】

 【油断するなよ? きっと何処かに指揮官が居るな】


 回線を通じて言い合いながら、頭を守る為に腕を上げて矢を防ぎつつ、ルールーは剣を構え、ダンカンは電磁ライフルを連射モードに替えた。


 剣を構えるルールーに向かって五人程のゴブリンが襲い掛かり、そして機敏な動きで剣や棍棒が振り下ろされる。つい先程ルールー自身が言った通り、その攻撃は各自が好き勝手に武器を振るうのではなく、息を合わせた連携は見事の一言に尽きる。




 …だが、それが通用するのは相手がルールー以外ならば、である。


 「いいねぇっ! 興奮しちまうぜぃ!!」


 ポン、と軽くその場で跳び跳ねてから一瞬で実剣を抜き、着地と同時に切っ先がグルリと一周した。ただ、それだけの動きでゴブリン達の胴から上が跳ね、切り離された下半身が膝から地に伏していく。遅れて上半身がルールーの居た空間に倒れ込むが、斬った筈の彼女は既にその場から消えていた。


 ひゅんっ、と風を切りながら地面を軽やかに蹴り、駆動部から僅かにサーボモーターの音を唸らせつつルールーが走る。勢い余って突き当たった廃墟の壁面を蹴ると、今しがた斬ったばかりのゴブリン共の頭上を跳び越してダンカンの脇に着地した。


 「うおっ!? ルールーお前いつの間に!!」


 まだ電磁ライフルのトリガーに掛けた指を引いてすらいなかったダンカンが、思わず彼女に向かって叫んだ時、まだ自分達の方が斬られたと気付いていないゴブリン達の上半身が、ルールーの立っていた場所に重なるように落ちた。


 「ほぇ~っ! こりゃあご機嫌じゃねーか!!」


 新しい義体で僅か一秒の間にそれだけの事を為せた上、ヒヒイロカネの剣も異常な程の切れ味である。ルールーはにんまりと笑い、今起きた事を理解出来ないゴブリン達を眺めて呟いた。


 「…それじゃお前らをクソ袋に変えて、たんまり稼がせてもらうぜ?」




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