第17話 混戦



 その日の早朝、オールド・トーキョー砂漠駐屯地は只ならぬ緊迫感に包まれていた。全ての元凶は未だ帰らぬルールー達で、更に彼女の第四世代の最新型戦闘用義体が原因だった。


 義体の価格的な問題ではない。全身義体自体珍しい代物では無く、ステルス戦闘機や自律思考戦車と比べても安価ではある。しかし、問題はオールド・トーキョーで産出された稀少物質を惜し気無く使っている上、その組立て工程もこの地域でのみ確立されている技術も多く、謂わば内密にしておくべき試験機としての側面が色濃かったのだ。だからこそ、脱走させればアジア集合管理局がオールド・トーキョーから産出される稀少物質のオリハルコンやヒヒイロカネを独占している事が露呈し、国際問題として世界中から非難されてしまう。それを回避する為には、ルールーの身柄を確保しなければならなかった。


 …オールド・トーキョーは、異世界により崩壊した。しかし、そこでしか手に入らない稀少物質を確保出来る事を知ったアジア集合管理局は、人道的救助と復興支援を名目に、オールド・トーキョーを採掘場として新たに活用する事に決めたのだが、同時に行ったのは徹底した隠蔽工作だったのだ。




 「生死は問わぬ、ってのは本当なんだよな!!」

 「あのメスガキには百回殺しても消せねぇ仇があるからなぁ!! この機会に楽しませて貰うぜぃ!!」


 ルールーの同僚ながら、中には猥雑な会話をする者も含まれつつ全身義体化兵達が各々の武器を持ち、待機している大型トレーラーへと乗り込んでいく。定位置に着いた者からラックに武器を載せ、義体を保持するバーを降ろしてベルトで固定し、ヘルメットやバイザーを装着する。


 異様な熱気と、そして殺気に包まれながら義体化兵達を載せ終えた大型トレーラーが動き出し、オールド・トーキョー駐屯地から廃墟の町に向かって出発していく。無論、彼等は法則性を骨身に染みる程理解している為、二人組ツー・マンセルでの出撃である。


 そしてその熱気とは裏腹に、オペレーションルームは静まり返っていた。人間狩り等、そう度々行われてきた訳ではない。しかも、ルールーは狩猟実績も高く、コンビを組んでいるダンカンもキャリアを積んだ経験豊富な元軍人である。もし、二人が何らかの意思を持って帰投を拒んでいるのであれば、実力行使で捕らえる可能性も視野に入れて追跡しなければなるまい。


 「…ビーコン消失から二日、行動範囲を考慮すれば推定地域はムサシノ・シティ周辺だと思われます」

 「衛星画像はまだか?」

 「現在も解析は続けていますが…推定地域の明瞭な画像は得られていません」

 「探査ドローン、反応が消失しました…」


 オペレーター達の声が飛び交い、一種騒然とした気配は有るものの、その声に感情の起伏は無い。彼等もやはりルールー達を相手にするのは気が重いのか、何処か他人事のような雰囲気が有る。


 「…ハヤマ君、オペレーターとしての付き合いが浅いのは判っている。だが今は急を要する、何か手掛かりになるような事は思い出せんか」


 机越しにブーソン監督が葉山に尋ねると、彼は暫く間を置いてから、


 「…ルールーさんは義体の換装後の慣熟期間ですし、ダンカンさんも免責基準を満たしていない事は知っている筈です。オールド・トーキョー自体がおりのような場所だと理解している二人が、逃亡すると自分は思っていません」


 そう言ってブーソン監督を見返した。


 「そうか…だが、二日間の交信断絶が続いている現状では、規定通りに強行探索を行い、意思確認をする必要が有る。もし、どちらかが自決装置を外していた場合、残された方も逃亡幇助ほうじょと見なし、拘束する。それが決まりだからな」


 だから、見つかった際はそうで無い事を祈るしかないぞ、と言い残して机の前から立ち去って行った。



 (…ルールーさん、ダンカンさん…無事なら無事と、早く知らせてくれないと…)


 葉山は祈るようにそう思いながら、二人から通信が送られてくるのを待つしかなかった。




 「…おい、ルールーのケツでも見えたか?」

 「バーカ言ってんじゃねぇよ、まだビーコン消失地点からも離れてるぜ。それよりか、あれ見てみろ…」


 先行してオールド・トーキョーに踏み込んでいた先発隊の義体化兵の二人が、そう言い交わしながら廃墟の陰に身を潜める。何かを見つけた方の義体化兵が指差す方向には、雄牛の頭部を生やした巨人、ミノタウロスがゴブリン達と共に崩れたビルの壁を掴み、中から何かを取り出していた。


 【…鉄筋か、何かだな…】

 【すげぇ力だな、軽々と引き抜いてやがるぜ…】


 秘話機能で会話しながら様子を窺うと、どうやら武器にでもするつもりか、錆びた重い鉄筋の棒をバキバキと引き剥がし、コンクリートの塊が付いたそれを棍棒のように振り回しながら、廃墟の先へと歩き始めた。


 「…あんな化け物がウロウロしてるのに、ルールー達はまだ生きてるのか?」

 「知るか、そんな事…ただ、俺達も上手く立ち回らんと、ミイラ取りがミイラになるかもしれんな…」


 そう呟く義体化兵だったが、次の瞬間、信じられないような光景を見る事になる。


 さっきまでこちらへ全く意識を向けていなかった筈のミノタウロス達が、二人が身を潜めている廃墟めがけて向かって来たのだ。


 【なっ、何だっ!? さっきまでこっちを向いてもいなかったのに!!】

 【不味いっ! 今から待避しても間に合わん!】


 ミノタウロスが一歩進む度、振動で廃墟からパラパラと小石が落ちる程の近さになり、二人は腹を括った。


 「くそっ!! 交戦規定も何も知ったこっちゃねぇ!!」


 そう叫びながら廃墟の上から身を乗り出し、抱えていた義体化兵仕様のアサルトライフルを構えてトリガーを引く。連続する発砲音と共に異世界生物を駆逐する為に改良された硬質鉄鋼弾頭が放たれ、ゴブリン達を瞬く間に撃ち倒していく。だが、ミノタウロスの周辺ではバチバチと弾かれ、跳弾した弾丸が廃墟の壁に穴を開けるだけだった。


 「くそっ、ルールー達の報告通りか!? 図体のデカい奴等は誰かがまじないをかけて防いでる!!」

 「なら、グレネードだろ!!」


 ライフルの弾が効かないとみるや、直ぐに銃身下に吊り下げられたグレネードランチャーを向け、発射トリガーを引く。軽い破裂音と共に三十ミリグレネードが飛翔し、ミノタウロスの胸元に到達すると爆散した。グレネード弾は爆風と共に内蔵されたベアリングをばら撒き、薄い鉄板程度なら軽々と貫通して致命傷を与える威力が有る筈なのだが…


 「ヴオオオオォッ!!」


 全く効力を発揮せず、被弾したミノタウロスは無傷のまま雄叫びを上げ、鉄筋の棍棒を振り回しながら狙いを付けると、真横から一気に廃墟に隠れていた二人めがけて振り抜いた。たったそれだけの動作にも関わらず、コンクリートの壁は粉々に砕け、陰に身を潜めていた義体化兵の身体がゴム毬のように跳ね飛ばされて、地面に転がった。


 生身なら即死の状況にも関わらず、二人はまだ生きていたがミノタウロスが足を上げ、固い蹄を勢い良く踏み降ろすと、片方の義体化兵は頭を踏み潰されて即死した。


 「あ、ああ…くそ、くそっ!!」


 ガリガリと地面を掻きながら身を捩り、足が折れて立ち上がれない義体化兵の生き残りが、少しでも離れようと腹這いのまま踠く。しかし、ミノタウロスの無情な蹄は彼の腕を、そして胸を踏み砕き、そして最後に頭を踏んで完全に絶命させる。


 「オ、オオオオォッ!!」


 義体化兵から漏れた駆動液と破片から一歩進み、ミノタウロスは雄叫びを上げながら鉄筋の棍棒を振りかざし、その場から立ち去っていった。




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