第33話 新たな道
ルールーが先に発見したのか、それともゴブリン・ロードが先に見つけたのか、今となってはどちらでも良かった。どちらかに力の拮抗が傾くまで耐え切れなかった方が、負けるだけなのだ。
「すげぇなっ!! コイツでぶった斬れなかったのは、お前さんが初めてだ!!」
ギリギリと剣の鍔付近を重ね合わせながらルールーが叫べば、
「…その格好の奴で、これ程の力と剣技を発揮するのは見た事もないな…殺すのが惜しい程だ」
ゴブリン・ロードも全身の筋肉を
ゴブリン・ロードの配下はほぼ全て斬り伏せられ、残るは彼と数名のゴブリン・メイジのみ。彼等も当初は姿を隠して遠隔魔導で《
剣の技はゴブリン・ロードの方が優り、単純な力ではルールーが有利だった。ヴォーバルを振り抜く度にゴブリン・ロードの身体が僅かに押し戻され、その剛力を間近に感じ全身から血の気が引く。しかし、隙を見て返す切っ先がルールーの喉を狙えば、際どく避ける度にルールーも生きた心地がしなかった。
「…また避けるかっ! だがよ…」
剣と剣の
「……私の勝ちだなぁっ!!」
有利な状況には程遠いにも関わらず、そう叫びながらルールーは両手で握っていたヴォーバルを片手で持ち、そのままゴブリン・ロードの鼻っ面目掛けて跳ね上がり、
「おらあぁっ!!」
勢い良く身を仰け反らせてから、がずんっ、と頭突きを叩き込む。戦闘用義体の複合重チタン製で出来た頭蓋骨は頑丈な鈍器に等しく、魔導で身体を保護していたゴブリン・ロードといえど無事では済まず、鼻から血を流しながら頭を大きく揺らした。
しかし、それだけでは起死回生の一手にならず、ゴブリン・ロードも直ぐに回復して戦いが続くだろう。だが、ルールーの狙いは単純な打撃だけでゴブリン・ロードを倒す事ではなかった。
「…なぁ、ドローンとリンクさえ出来りゃあ、こんな芸当だって楽勝なんだぜ?」
それまで視界の隅で漂っていたドローンの一機が突如降下し、ゴブリン・ロードの額にヒタリと張り付く。たったそれだけで彼女は呼吸をするように、ドローンからゴブリン・ロードの脳髄に直接アクセスする。義体化どころか電脳処理すらされていないゴブリン・ロードだが、ルールーはドローンを介して相手の皮下神経網を経由し、彼の脳髄に結線する。生体脳にデジタル化された擬似信号を送り込み、瞬時に記憶の書き換えと収奪を行う。
「…へえぇ、ハヤマが寝返ったのか。通りで色々と筒抜けになってたって訳だ…」
ルールーはゴブリン・ロードの脳から直接情報を得て、少しだけ寂しそうに呟く。彼女にとって、葉山は味方ではあったが、今はもう違う。彼は勇者のバックアップの一人で、米軍側の内通者としての正体を現したのだ。
「…さて、ゴブリン共が身内になったって事は、案外良い事かもしれねぇな。手勢として多いし、数で押し切るだけの場面じゃ容赦なく使い回せるな」
「…そう言う事になるが、それでどうするんだ」
意識を回復させたゴブリン・ロードがそう尋ねると、ルールーはヴォーバルを鞘に戻し、腕を組みながら答える。
「さてね、戦争するつもりなら、まだまだ兵隊の数が少ねぇ。そうだな、例のデカい連中はどうやって下僕にしてんだ?」
「…あいつらか。廃墟を探索し、見つけ次第魔導で隷属化して従えていく」
剣を鞘に納めながらゴブリン・ロードが答えると、ルールーは頷いて辺りを見回す。
「…まあ、今はいいか。ひとまず戻るぞ?」
ルールーがそう言うとゴブリン・ロードも彼女と共に歩き出し、その後方から生き残った配下のゴブリン達も付いて行った。
…それから暫く後、突如オールド・トーキョーの廃墟の中心部、旧米軍横田ベース跡地を拠点とした独立国化が告知された。その宣言は首謀者不明のままオールド・トーキョーを【ヤマト独立国首都】として独自統治し、周辺国に無用な干渉を行わぬよう要求したのである。
無論、アメリカやロシア、中国等の近隣国が反対し、国連議会で承認しないよう圧力を掛けたのだが、
【ヤマト独立国は他国との衝突は望んでいない。過度な干渉さえ行われない限り、武力を用いて容認を迫るような事はしない】
と、理知的対応を求める平穏な要請の為、アジア連合を含むヨーロッパ圏の諸国も半ば黙認する形で成り行きを見守った。
しかし、最初にオールド・トーキョーへ平和維持軍を派遣(名目上だが)したアメリカは、即座に【ヤマト独立国】を名乗るテロリスト集団を制圧する為に太平洋艦隊を主軸とした臨時治安維持軍の派遣を決定し、全身義体化兵五千人を上陸させた。
…アメリカ本土の作戦参謀本部は、オールド・トーキョーを攻略するのは時間の問題だと楽観視していた。
【…ブラボーワン、ブラボーワン!! 状況を報告しろ!!】
【…こっ、こちらブラボーワン…敵の…】
【おいっ!! ブラボーワン!! 応答しろっ!!】
後方の野営基地で味方同士の通信を聞いていた兵士の一人が、悲痛な表情になりながら受信スイッチを切った。無論、そうしても状況に変化が起きる訳ではないが、一向に好転しない戦況を認めたくなかったのだろう。
幾度も繰り返される派遣部隊の未帰還報告に業を煮やしたアメリカ本土作戦本部は、新たな増援を派遣するべきか苦慮していた。既に半数以上の義体化兵が未帰還となり、同時に多数の無人戦闘車両や航空機が消滅している現在、果たして無策のまま増援を繰り返しても犠牲者が増えるだけなのではないか、と疑心暗鬼に
「…戦闘で損耗したならまだ判るが、部隊ごと消失してしまうなど、有り得るのか?」
前線指揮を担当する将校が困惑しながら呟き、周囲の下士官は黙り込んでしまう。消息不明の義体化兵達が半数を超えた頃、最前線の部隊から次々と届く報告は《武器を携行したまま兵士達が投降する》姿を目撃した、だった。
「義体化兵の電脳防壁レベルは、簡単には破れん筈だな」
「…はい、作戦行動中の兵士達は、ほぼ自閉症状態で部隊内での通信を介してのみ、相互の情報伝達は…いえ、ハッキングは出来ない筈です」
下士官の一人がそう答えるものの、担当将校の表情は晴れない。義体化兵が生きたまま相手に捕らえられる筈は無い。万が一そうなったとしても、最悪の事態になれば自決装置もある。ならば、その手段すら選べない状況だとすれば…
「…我々は、いや…アメリカ軍は、再び【魔王】の軍団と対峙しているのかもしれんぞ」
そう将校は口にした瞬間、自陣の中に居るにも関わらず、強大な敵の前に生身を晒しているような気になり、ぞくりと身を震わせた。
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