第30話 大捕物

 指名手配犯をおびき出す作戦はトントン拍子に話が進み、俺はその日のうちに検問所からいつもの家の庭に立っていた。

「あれは十六時だったのか……」

 すっかり暗くなり、星がちりばめられた空を見上げながら呟く。

 山に囲まれ、隣家は見える範囲にはない。偶然人が通りかかることもない。この辺鄙へんぴな場所は確かにヒトをおびき出すにはいいかもしれない。

 何が起きても人に迷惑をかける心配もない。

 俺は家の門の外、つまり敷地外で捕縛の陣を張る下準備をする職員達の作業が終わるまで庭で待機している。家の敷地内だと大家の警告を警戒して来ないことを考慮し、敷地外でおびき出して捕縛も行う予定だ。今はやることがなくて、慌ただしく動く職員達をぼんやりと見ている。

「なんだ大家、意外とリラックスしてるじゃないか」

 俺の頭を肘置きにして豪快に笑う酔っ払い──いや、今はシラフのシャケさんが物珍しそうに職員達を見渡した。

「ここまで職員が検問所以外で集まるなんてなかなかないんじゃないか? 家の中には上層部の連中もいるんだろ、大きな捕物とりものになるし、もっと緊張してるかと思ったぞ」

「まあ……一応、信用してるんで」

 お互いに視線を合わさないが、声色でどんな顔をしているかなんてわかった。

「シャケさんは検問所で大丈夫でしたか?」

「大家ほど酷い目にはあってないさ。職員にちょっと昔話をしたくらいだ」

「これほど長時間禁酒しても平気なんですね」

「終わったら浴びるほど呑むから平気さ」

 ちらりとシャケさんを見て禁酒による禁断症状で手が震えていないか確認したが、いつも通りしっかりとしていた。まあヒトだしそんな禁断症状なんて出ないか。俺はまた暗い中を走る職員達に視線を移した。

 今回、囮として俺は大家の契約も加護も結界も無い状態になる必要がある。

 仮に寄ってきた関係ないヒトがいても視認しなければいいので、目隠しをして敷地外に出なければならない。職員が近くにいては警戒されるので、俺に万が一がないように顔馴染みのシャケさんが護衛としてついてくれることになったのだ。

「俺なら双方の顔馴染みだしな。状況によっては俺ごと捕縛して構わんぞ」

 ちょっとしたお使いを任された感覚で快諾していたが、シャケさんの目は笑っていなかった。多分、このヒトも俺に関しては思うところがあるんだろうな。

 段々と職員達が蟻に見えてきた頃になって、ようやく準備ができたと声がかかった。

「それじゃ、行くか」

 俺の背中を強く叩き、シャケさんは腕を回しながら歩き出した。

「無理はするんじゃねぇぞ」

 職員達との打ち合わせで離れていた爺ちゃんも駆け寄って俺の肩を叩いた。

 今は一時的に爺ちゃんが大家だ。命を危険を感じたら敷地内に入れば爺ちゃんが守ってくれる。いざとなったら守ってくれる存在がいるだけでありがたいものだ。

「シャケさんもいるから大丈夫だよ」

 俺は大家の契約書を破り、目隠しをしてから敷地外へ一歩踏み出た。

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