第16話 確信

 俺は検問所で大家の能力を取得し、お偉いさんと契約してその発動範囲を制限されている。

 また、能力を明確に使おうとしないと発動しないようにもされている。これのせいで結界を張る時は俺の反射神経頼みになる。

 だがこの発動制限のおかげで、俺は救われている。



 俺の代になって、二年と少し。初めて此処を一時的にだが閉めることになった。検問所の職員に連れられて、俺とシャケさんが検問所に行くことになったからだ。

 大家不在となれば開けていられないのは当然だけど、俺は脇腹をさすりながらなんとなく思った。

 しばらくは不在のままになりそうだと。

「俺はともかく、大家も検問所に行くのか?」

 検問所への扉の前でシャケさんは珍しく驚いた顔で職員に聞いた。俺は戸締りと誰も入らないように強めの結界を張った。

「貴方は昨晩の詳しい話を聞くための任意同行ですが、彼は健康診断です」

 戸締りを確認した俺が検問所への扉の前で待つ二人の元に行くと、シャケさんは俺の両脇の下に手を突っ込んでそのまま軽々と俺を持ち上げて、傷がないか確認するようにクルクルと振り回した。

「なんだ大家、怪我でもしたのか? それとも具合が悪いのか?」

「ちょっ、下ろしてください! 念の為の健康診断ってだけで、今のところ大丈夫ですから!」

 こうも軽々しく持ち上げられるなど、シャケさんだとしても屈辱だ。

「そうですよ。健康診断といっても大家としての能力検査が主なのでそう心配しなくても大丈夫です。仮に能力の低下が見られてもリハビリして復帰できますから」

 見かねた職員の説明でシャケさんはやっと俺を床に下ろしてくれた。

「なら安心だな。大家が怪我していないならいいさ」

 そう言って俺の頭を荒々しく撫でた。爺ちゃんと同じように、このヒトも俺をいつまでも子供扱いしてくるな。その手を振り払えない俺もまだ子供なのか。

 気を取り直して、職員が検問所への扉を開く。検問所は相変わらずだった。

 吹き抜けの天井は見上げるだけで首が痛くなるほど。そして空港のように用途に分けられたカウンターが並び、様々なヒトが擬態皮を選んだりする先に、異世界に続く一際大きな両開きの扉が見える。たしかもっと奥の通路の先にも同じような扉がある。そしていたる所に様々な職務に就く職員が忙しく働いている。

 同じように足早に俺たちを先導する職員の後ろを、俺とシャケさんは黙って並んで着いていった。それだけなのに、なぜだろう、ずっと脇腹が痛む。

「大家? 大丈夫か?」

 シャケさんが俺の顔を覗きこみ前を歩いていた職員も足を止めた。俺は首を横に振ったが、職員もシャケさんも否定した。そして職員は周りにいた別の職員に担架を持ってくるよう声をかけた。そんなのいらないと言っても、シャケさんは俺の背中をさすりながら大丈夫じゃないと言う。二人に促されるがまま俺はその場に座りこんだ。

「顔が真っ青だぞ。それに大家、ずっと脇腹を押さえているが……痛むのか? それとも苦しいか?」

 言われるまで自分で脇腹を強く押さえていることに気づかなかった。

「痛いだけです。今まではこんなことなかったのに、最近になって──」

 突然、座りこむ俺の背中をしゃがんでさすっていたシャケさんが立ち上がった。

 どうかしたのかと俺がなんとか顔を上げると、見上げるほどの大蛇の体に魚の頭をしたヒトが遠くから職員やヒトを押し除け、通り道の物をその体躯で破壊しながら勢いよくこちらに突進して来ているのが見えた。

 シャケさんが擬態皮を脱いで相手を威嚇するように低く吠えるが、相手は止まる気配がなかった。

 それを見るなり職員は俺の脇の下に首を差し入れ、肩の上に担ぎ上げて突進してくるヒトを横にかわすように走り出した。ただ直進するだけなら、これで轢かれることはない。

 だが職員に抱えられながら見えたのは、明らかに俺を追いかけるように進行方向を曲げるヒトと、方向転換のために減速した隙を逃さずに捕縛のための結界を張る職員たちだった。

「あ、あの、もう大丈夫そうです」

 俺を抱え走る職員に声をかけると、近くのベンチに降ろされた。

「健康診断をするまでもないですね」

 職員が言わんとしていることは痛いほど俺もわかっている。擬態皮を着直したシャケさんがこちらに駆け寄ってくるのを見ながら、俺はため息を吐いた。

「俺が原因ですね」

 少し離れた場所で捕縛されたヒトの処理で集まる職員たちにも、周りにいたヒトにも申し訳ない。アレを呼び寄せたのは、間違いなく俺だ。

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