第33話 一方的でも伝われば
火事場のなんとやらで、俺は捕縛が終わった後になって足が震えて立てなくなった。
「あっはっはっはっ! 頑張ったもんな!」
シャケさんは汗でびちょびちょの俺の背中をバシバシ叩きながら笑った。爺ちゃんはため息を吐きながらもバスタオルをかけてくれた。
「俺の殺気をもろに受けた影響も出てるんだろ。まあしばらくしたら落ち着くさ」
「は……? 殺気?」
「あれですぐに来たから良かったな。あと数秒経っても来なかったら関節を外そうとしたんだが、いやーやらなくて良かった良かった」
敷地外では職員達や上層部が何かしているが、爺ちゃんはそれを敷地内から腕を組んで見ながら悪態をついた。
「予定にない殺気なんて飛ばすからこっちの職員が何人か慌てたんだぞ」
「大家が大怪我なく痛い思いしないに越したことはないだろ?」
玄関前にへたり込む俺の横であぐらをかいて、シャケさんはバスタオル越しに背中を摩り続けてくれた。
とんでもなくどっと疲れた俺はバスタオルの端で額の汗を拭うのもやっとだ。なんかもう喋るのもおっくうで、膝を抱えて頭をうずめた。
けれどそれも爺ちゃんに肩を叩かれてすぐに止めることになった。
「敷地内でなら少しだけ話せる」
そう言われて顔を上げたら、上層部と職員たちに囲まれて敷地内を歩く、俺の育ての親である彼女と目が合った。
擬態皮はあの時と同じままで、あの時と変わらないように見えたが明らかに違うことがあった。
「爺ちゃん、肩借りていい?」
「おう」
俺はシャケさんに礼を言い、爺ちゃんの肩を借りて震える足で彼女と会話できる距離まで近づいた。さすがに職員と上層部が俺と彼女の間に入るかたちになるけど、これだけ言えたらいい。
「っ──あ、ぁ」
彼女は拘束されていることもあって声を満足に出せないが、問題ない。
「俺は、あの時あなたを拒絶したんじゃなくて、火事で焼け落ちる天井からあなたを守りたかっただけなんだ。置いていかれたあの時は悲しかったけど、今は爺ちゃんやシャケさんや、大家としてここで色んなヒトと楽しくやってる」
暴れるでもなく、彼女は静かに俺の話を聞いてくれた。
育てて守ってもらった時間は確かにあった。それがあってはならない時間だったとしても、そのせいで犠牲となった命があったとしても、事実として俺は彼女に助けられた。
「あのままだったらきっとこうはならなかったと思う──だから、ありがとう」
返事も反応もいらない。俺が彼女に一方的に伝えたいだけだから。
それでも彼女は静かに涙を流して穏やかに微笑んでくれた。
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