第29話 優しさと偏見

 上層部がいくら揉めても、本人がやると言えばそこまでだ。

 爺ちゃんは全部わかっていた。だから職員さんは全部話してくれた。

「すぐ、上層部に報告してきます」

 俺がやると決めた。だからこれ以上の無駄な論争は必要ない。

 職員さんが医務室から出ていってから、爺ちゃんはうって変わって俺の頭を、猫にするように優しく撫でた。

「無理をさせるな……」

「ん……平気だよ、俺がやらなきゃいけないし」

 されるがまま俺は爺ちゃんに頭を撫でられながら目を閉じた。

 聞くまでもないけど爺ちゃんも俺の記憶を見たんだろう。少し声が震えている。

「わしがあいつを下手に責めたせいでお前に辛い目に遭わせたんだ。いいか、お前のせいじゃない。わしのせいだ」

 爺ちゃんは俺に大家の仕事を任せてから、ツテを頼りに色々調べてくれていた。俺の脇腹の傷も会った頃から気にしてくれていた。俺を本当の家族のように扱ってくれた。

 あの時の罪悪感や後悔からかもしれないけど、それでも俺は爺ちゃんが守ってくれたことに感謝しているし、爺ちゃんなりの愛情も感じている。

 だから俺はゆっくり目を開けて爺ちゃんの手を振り解くように頭を振った。

「再現として俺がしたことを他の子がやらされたのは、俺のせいだよ」

「だからそれはなあ──」

「爺ちゃん、遅かれ早かれ俺はああなってたと思うんだ。ヒトが介入しなくてもさ」

 点滴のパックを見るとかなり減っていた。俺は爺ちゃんが何か言う前に呼び出しボタンを押した。

「俺は大丈夫だよ」

 すぐに医療職員の小走りの足音が聞こえて、爺ちゃんは舌打ちしてパイプ椅子に座り直し押し黙った。


 医療職員に点滴を外してもらったタイミングで職員さんが上層部の人を数人連れて戻ってきた。上層部の人の中には先ほど契約書を持ってきてくれた女性もおり、俺の状態を確認するようにジロジロ見ながら薄紅色の唇を開いた。

「大事をとってここで話をさせてもらうけど──本当に良いのかしら?」

 俺は体を起こして頷いた。

「絶対に来るかは俺もわかりませんが、それでもやります」

「──君は人間としてはまだ幼児くらいなのに、ちゃんと大人の人間らしいのね」

「おい!」

 同じく上層部のおじさんが女性の肩を掴んで注意したが、俺はにっこり笑ってやった。

「卵の中で人生の擬似体験はしていますし、大家もやっているので」

 女性を睨んでいた爺ちゃんも、俺の返しを聞いて鼻で笑った。

「それもそうね。真っ当に生きていたら成人済みだもの」

 眉一つ動かさずに女性はそう言って長い髪を後ろに掻き上げ、興味を無くしたのか俺から視線を外した。上層部のおじさんは俺と爺ちゃんに平謝りするけど、俺も爺ちゃんも軽く流した。

 人間と確定されても現実はこんなもんだ。

「それよりどこでやるんですか」

 面倒なので俺は話を進めることにした。

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