第2話 名称
宿というには狭く、ホームステイのホストというのも何かが違う。
シャケさんを含めた数名の常連さんはここを何と例えるかで言葉が詰まるようだ。
「大家は先代の爺さんからはここのことを何だと言われたんだ?」
共有スペースのソファーで相変わらずお酒を飲んでいるシャケさんに言われて、俺は首を傾げた。
「特には……いつも『ここ』としか言いませんでしたし」
共有スペースの傍に備え付けているドリンク用の冷蔵庫に缶ジュースやビールを補充しつつ、チラリとシャケさんの横に座るもう一人の常連さんを確認した。
「ロロアさんはどう思いますか?」
「えっ? あ、あたし?」
俺に話題を振られて慌てる舞妓。揺れる簪が落ちてしまわないか心配だ。
「ははっ! ロロアは大家の先代の爺さんの代からの常連だからな。急に聞かれてもわからんだろ」
シャケさん曰く日の浅い常連さんらしい。ロロアさんは特に着物を気に入って何度も日本に来ている。と、引継ぎノートに書かれていた。
「シャケさんのような古参にわからないなら誰にもわからないよ。あたしもここは日本での帰ってくる所としか認識していないんだから」
「まあそうだよな。ここは日本で俺たちが本当の姿に戻ってもいい所ってだけで、別に四六時中戻らなくてもいい奴は街のホテルを使ったりするしな」
「シャケさんは連泊し過ぎてほぼ住んでいますけどね」
「居心地が良いからな! 日本は室内にいても退屈しなくていいな! 映画に酒に飯! 最高だろう!」
爺ちゃんの引継ぎノートによればシャケさんは最古参の常連で、連泊記録更新中らしい。書かれている数字を信じるのならば三百年以上はここにいる。このおじさん、三百年もここにいて飽きないのかな。
「たしかにここは居心地がいいよ。前の大家さんも良かったけど、今の大家さんも良くしてくれるからね。部屋に着物を飾れるようにしてくれたし」
「たまたま
「それに部屋も少し広くしてくれたから飾った着物の横に前から使っていたマネキンも飾れるから嬉しいよ」
今のところ空き部屋が多いことから一時的にロロアさんの部屋を広くしているのだが、どうやら爺ちゃんの時はそういったことはしていなかったらしい。
「今度の大家は融通がきくんだな。いいことだ。共有スペースの酒をもっと増やしてくれないか?」
「これ以上は無理ですね」
「んだよ、先代の大家なら増やしてたぞ」
シャケさんのブーイングを適当に流して、俺は引継ぎノートをめくった。
やはりここの名称は無い。定義として異世界から来るヒトを泊める場所としているが、それは検問所を正規に通過したヒトを前提としている。
俺が管理している間は、平穏でいてほしいものだ。
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