第3話 面倒な客

 家の玄関と異世界からの扉は別の場所に作った。検問所からの行き来と、観光としての行き来を区別するためだ。稀にいる不法永住者を取り締まる抑止にもなる。


「はい、では検問所で渡された木札を預かります」


 今日は新規で二人の方が泊まられる。見た目は男女の夫婦だ。検問所からの木札を受け取り、自分の頭に軽く当てる。すると宿泊客の情報が頭の中に流れ込み、木札は手元から消える。

「三日の連泊ですね。検問所から貸出された擬態皮は、部屋でなら脱いで構いません。共有スペースでは必ず着衣をお願いします」

 簡単な説明をしつつ、俺は二人を二階の部屋へ案内した。

「検問所で説明済みだとは思いますが、ここで面倒事を起こした場合は俺が罰します。なので平穏にお願いします。わからないことがあれば共有スペースにいるヒトや俺に聞いてください」

 うちに泊まるということは、人間に擬態する擬態皮が必要な人外タイプだ。検問所から無料で貸出されている擬態皮の中はどんなカタチのナニがいるか、それを知らずに済めば苦労はしない。

「あの、日本にはおふろというものがあると聞いたのですが……」

「うちにもありますよ。擬態皮を脱いでのご利用でしたら貸切風呂、擬態皮を着衣したままで良いのでしたら大浴場も地下にあります」

「貸切がいいな。あ、でも……」

「入り方がわからないので一緒に入って教えてもらえませんか」

「え……」

 俺はすぐに首を横に振った。嫌な予感がしたからだ。だが夫婦は諦めずに俺に詰め寄ってくる。

「初めては現地の人に教えてもらった方がいいとガイドブックに書いてありました」

「擬態皮を脱いだら人から見て性別なんてわかりませんから大丈夫ですよ」

 グイグイと来られて俺はたじろいだが、きっぱり断った。すると今度は二人で俺の肩を掴んできた。

「ダイジョウブ」

「イッシュンデスカラ」

 おそらく自分たちの世界の言語が混じったようなザラついた声に、俺は咄嗟に結界をはって二人から距離をおいた。明らかな大家へ危害を加えるような行為は検問所で禁止事項と言われているはずだ。

 二人はそれでも俺に近づいてきた。

「警告です。俺に触れないでください」

 あくまで冷静に言うと、二人はやっと足を止めた。大家の警告は何たるかを検問所で説明されているはずだから当然だ。

「貸切風呂は地下への階段の踊り場横にある扉からまっすぐ行けばあります。入浴手順は脱衣所に掲示していますのでそちらを参照ください」

 そう言って俺は部屋から足早に出た。久しぶりの身の危険に鳥肌が立っている。ドアを閉めると、廊下にシャケさんとロロアさんが静かに立って俺を見ていたことに気づいて肩がはねた。

「よく一人で対処したな、さすが大家だ」

「今夜は部屋から出ない方がいいわ。またやるような手合いよ」

 まるで見ていたかのような二人の言葉に、俺は勘弁してくれ、と項垂れて息を吐いた。

「……そうします」

 その夜は自室に結界をはり、念の為に物理的に壁を一枚増やして密室にしてから寝た。


 そして迎えた朝。

 俺が恐る恐る共有スペースに入ると、いつもの様にシャケさんが酒を飲んでいた。

「おはよう。あの夫婦ならもう観光に出たぞ。ロロアはいつもの散歩だ」

 外出していると聞いてホッとしたのも束の間だった。


 あの夫婦はその日に検問所の職員によって強制送還された。


 理由は無許可の食人。元々その気で来ていたらしい。俺は夫婦が部屋に置いていた荷物などを取りに来た検問所の職員に昨夜の事も報告した。

「大家さんがダメだったから外で一般人を襲ったんでしょうね。まああそこからの入国は今後千年は禁ずるので安心してください」

 事務的にそう言って職員は荷物を段ボールに詰めた。そして俺から来た時に渡された木札を職員に返す。宿泊客の記憶を木札に戻すことで、俺からあの客の情報は頭から消える。

「また何かありましたらよろしくお願いします」

 まるで機械を相手にしているかの様な挨拶をして、職員は検問所へ帰った。

 久しぶりの面倒ごとに、俺は無意識に共有スペースに向かい、人をダメにするソファーに身を投げた。

「はっはっはっ! お疲れだな、大家!」

 シャケさんの阿保のようにデカい笑い声に、俺は盛大なため息で返した。

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