第6話 高い授業料

 止まらないコール。

 共有スペース中に転がる空の酒瓶。

 どんどん開けられていくダンボールの酒瓶。

 熱気に包まれたコールに応えるように飲む女性客二人。

 飲み干すたびに湧き上がる歓声。

 それを讃えるかのように浴びるように酒を飲む客達。

 

 この地獄の繰り返しが永遠に続くのかと渇いた笑いしか出なくなった頃、唐突に勝敗がついた。


 勝った方の女性は勝利を噛み締めるようにゆっくり拳を掲げていた。

 負けた方の女性は飲み込めなかった酒を口から垂れ流しながら白目で床に倒れた。

 

 先ほどとは比べ物にならない歓声に鼓膜が破れそうだ。

 ふと窓を見たら熱気で曇っている。嘘だろ、まだ春だぞ。


 

 だがその歓声はすぐに別のものに変わった。




 深夜二時を回った頃、俺はモップ片手に共有スペースの床を掃除におわれている。

 酒を大量に飲んだ後にくる最悪で醜悪な地獄。あの場にいたほぼ全員が吐いた。咄嗟に結界をはった自分を褒めてやりたい。吐瀉物まみれにならずに済んだが、ここを掃除するまで解除できない。臭いも遮断しているから解除したら確実にもらう。

 吐瀉物まみれの酔っ払い達を外に出してホースで雑に水洗いして部屋に帰したのは良いが、共有スペースの掃除がいつまでも終わらない。

「まだ掃除してたのか」

 この地獄の諸悪の根源が先ほどのウォッカ片手に共有スペースにひょっこり顔を出した。いっぺん殴ったろうか。

「まあそう怒るな。俺が提案しなかったら玄関で暴力沙汰だっただろ? 擬態皮なしでは力加減も元の姿と同じなんだ。一番危なかったのは大家なんだからな」

「いざとなったら結界をはるので。俺には触れませんよ」

「そう過信していると危ないって言ってんだ。ああいう時は上手く立ち回ることだな。大家以外の人間はここにはいないんだからよ」

 シャケさんの言うことはもっともだ。あの時の提案に、内容はともかく助けられたのは事実。これは経験の差なのだろうか。モップを握る手に力が入ってしまう。

「その掃除は今回の勉強代ってとこだな、頑張れよ」

 ひらひらと手を振られても何も言い返せなかった。


 拭き掃除に消毒に掃除道具の片付けなどをしていたらいつの間にか朝日が差し込んでいた。

「わぁ……」

 網膜を刺すような明かりは間違いなく朝日だ。ということは、俺は徹夜で掃除していたのか。ゴミ袋をまとめて外に出す時に、朝帰りのロロアさんと玄関でばったり遭遇した。

 ロロアさんは俺を見るなり驚くというより引いていた。

「なっ、なにやってるの?」

「へへ……掃除ですよ、掃除」

 なんかもう笑うしかない。簡単に説明したらロロアさんはその場にいなくて良かったと隠さずに言った。なんなら顔にも出ている。

「じゃあそのゴミ袋は……」

「あ、はい。想像通りの物です」

「早く捨ててきて!」

 一応袋は二重にしているのだが、そんな俺ごと汚物のような目で見なくてもいいじゃないか、いや無理か。そそくさと逃げられてしまった。


 昨日から朝まで酷い目にあった。仮眠を取らねば心身ともにもたないと思っていたら、昼過ぎに女性客二人に呼び止められた。昨日喧嘩をしていた二人だ。

 どうやら昨日の一件の謝罪を言っているようだが、いかんせん寝不足と疲労で頭に入ってこない。

「で、結局なんであんな喧嘩を?」

 かろうじで言葉をしぼりだした。すると二人は明るくも通った声で言った。

「大好きな推しのライブに行ったんですけど、推しと目があったのはどっちだってのでもめちゃいました」

 心底どうでもいい理由で高い授業料を払った俺は、その場で意識を手放した。

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