第7話 同級生
今朝、ロロアさんがチェックアウトした。お目当ての着物展や買い物が済んだからだそうだ。あのヒトならまたすぐイベントだ何だで泊まりに来るだろう。
常連なので衣桁はロロアさん専用として納戸にしまい、今度また泊まりに来た時に部屋に用意することにした。忘れ物などがないか部屋の掃除をしつつチェックして後片付けは終わり。
特にトラブルがなければ夕方以降は完全な自由時間だ。何をしようかと考えていると滅多に鳴らないスマホに着信がきた。
夕日が傾きかけた頃に共有スペースに顔を出すと、珍しいことに宿泊客全員が集まっていた。なにやら誰かが買ったボードゲームをみんなで遊んでいるらしい。
「大家さんも一緒にやりますか?」
「ああいや、ちょっと俺出かけちゃうんで……みなさん特に要望とかないですよね? 遅くまで帰ってこないので確認だけしにきました」
せっかく楽しそうなところに申し訳ない。念の為に聞いたら特に何もないようだ。
「あまりにも遅かったら車で迎えに行ってやろうか?」
しっかり飲酒しているシャケさんの軽口に、手を顔の前で振って結構だと返したら、シャケさんもグラスを片手に、空いてる手で追い払う様に振られ、早く行けと返された。
滅多に乗らないバスに乗りこみ、悪路をガタコトと揺られる。
途中で乗ってくる人も、降りる人もいない。俺だけしか乗っていないバスは薄暗い道を進む。終点の駅前まで来てやっと街灯が一つ。
無人駅で一人で電車を待つ。鬱蒼とした木々が風でざわつく音しかしない。
やっときた一両電車に乗り込んで、ようやく他の乗客がちらほらといた。そして電車はガタンゴトンと街灯がにぎやかな街へ近づく。俺が降りる頃には乗客で席は埋まる。
「あ! やっと来た!」
目的の駅の改札口で俺に元気よく手を振る男女に、俺は小走りに近づいた。
「ごめん、遅れた」
「いいんだよ! いやー久しぶりだよな、高校卒業以来?」
「そうだよね、本当に久しぶり! でもってアンタ全然変わらないね!」
「本当にな! おかげですぐわかったぜ。ほら店に行こうぜ」
高校の同級生だったヨウちゃんと梅姐は、久しぶりに会おうと居酒屋に俺を誘ってくれた。卒業式以来だったが、お互いに顔がわかってよかった。前を歩く二人に隠れて安堵のため息をついた。
駅近の居酒屋に入って一時間。高校の思い出話をしながら酒が進んだ。
「隣のクラスだったタカシなんて成人式に赤ちゃん連れてきたの知ってる? 彼女には振袖を着て楽しんでほしいから自分はスーツに抱っこ紐で会場に来たの。一歳の赤ちゃんとだよ? やばいよね」
「え、じゃあ今もう二歳のパパなってんのアイツ? うわーすごいな」
「ヨウちゃんは彼女いないの? あたしは彼氏できたよ」
「はあ? 梅こんぶ狂のおまえに彼氏とかマジか」
「すっごく失礼なんですけどー!」
二人が話している横で俺はただ頷いたり笑ったり驚いたフリをしていた。
「そういえばお前、成人式に来てたっけ?」
ヨウちゃんの何気ない言葉に、俺よりも梅姐が動揺して水をこぼした。
「うわっ! なにやってんだよ!」
「俺、おしぼりもらってくるよ」
「あ……ごめん、お願い」
幸い誰の服も濡れなかったようだが、テーブルがびちゃびちゃになった。
俺が席を立つと、後ろで小声で梅姐がヨウちゃんを叱っていたのが聞こえた。
「バカ! アイツの実家全焼して両親亡くなったの成人式の前だよ! アイツも重度の火傷で入院してたんだって!」
店員さんから新しいおしぼりをもらってきたら、二人とも余所余所しくなっていた。
「はい、新しいおしぼり」
「あ、ありがとう」
「おおう、サンキュー」
それからしばらくはテーブルの料理や酒をただ片付けるだけだった。当たり障りのない話題もぶつりぶつりと途切れて長続きしなかった。
「あの、さ……明日、就活で企業説明会あるから、その、そろそろ解散、でもいいかな?」
明らかにチラチラと俺の顔色をうかがう二人に俺はにっこり笑ってあげた。
「俺も終バスの時間だから解散しよっか」
それからはあっという間だった。駅で解散する時も気まずい空気は変わらないまま、お世辞のまた飲もう、なんて軽い挨拶をしただけだった。
明るくギラギラした街から一変、街灯一つの駅に降り立つ。もうとっくに終バスは終わっている。
わかっていたから落胆や面倒だとは思わない。歩いて家まで帰る。
月明かりなんて鬱蒼とした道では役に立たないから、スマホをライトに足元を照らしながら舗装されていない道を歩く。
ふとさっきの二人が楽しそうに笑う顔を思い出した。ヨウちゃんと梅姐。高校で同じクラスでよく弁当を一緒に食べていた。
梅姐はよく梅こんぶが好きで休憩時間になればいつも食べていた。だから梅姐。ヨウちゃんはお調子者でクラスでは良いムードメーカーだった気がする。二人の名前をまったく思い出せないけど。そんな感じだった気がする。
会う前に卒業アルバムで確認できればよかったけど、あいにく実家と一緒に燃えて確認のしようがない。会えば思い出すかと思ったがそうでもなかった。
なんとかあだ名だけは思い出せて良かった、と一人で胸を撫で下ろした。
家に帰ると、まだ共有スペースが明るかった。消し忘れかと思ったらシャケさんが知恵の輪と格闘していた。
「なにしてるんですか」
「おっ! 帰ってきたか! 楽しかったか?」
俺に気づくなりシャケさんは知恵の輪を放り投げた。
「まあ……そうですね」
「なんだ? 不味い料理でも食ったのか? それか安酒が合わなかったとかか?」
それならお気に入りの酒を飲ませてやろうと部屋に取りに行こうとするシャケさんに、俺は帰り道でずっと思っていたことを口にした。
「俺、外では何もできないです。気まずい空気を変えるとか、人に気ぃ使われてどうしたらいいかとか……子供とか就活とか全然、わからなかったです」
どうすればよかったのか、なんて相談したいわけじゃない。ただ言葉がこぼれた。それだけ。さすがのシャケさんでも返しに困るかと思ったら、いつも通りの笑い声が返ってきた。
「当たり前だろ、大家は大家なんだ。いつも自分で言ってるじゃないか、ここから出たら普通だと。普通の若者なんざそんなもんだろうさ」
本当にそうなのだろうか。シャケさんの酒を飲みながら、外の世界と俺自身のズレを改めて思い知らされたと、胸がもやもやした。
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