第8話 大家の警告実行
普通は年間の失踪者の数なんて知らなくていい。だが大家の俺は知っておかなければならない。まだ異世界観光に慣れていないヒトの常識と人間の常識なんて一緒なはずがない。
「次で警告します。その子を元いた場所に、何もせず、無傷で、戻してきてください」
もう三十分以上は家の敷地の境界線の内側と外側で睨み合いが続いている。
宿泊客の女性が観光の際に女子高生を拐ってきたのだ。俺は彼女を家の敷地に入れない様に結界をはったまま仁王立ち。家の中にある検問所への扉を通らなければ異世界には帰れない。だから女性はなんとか女子高生を連れて入りたいと粘っているのだ。
「日本から生物の持ち帰りは生死を問わず禁じられています。検問所の厄介になれば今後の入国にペナルティがかせられるのは説明されたと思います」
俺がいくら言っても女性は背負った意識の無い女子高生を下ろそうとも、元いた場所に戻そうとこの場を立ち去ろうともしない。ただ俺を睨んでいる。
「……連れて行きたい理由はあるんですか」
彼女が固く噤んでいた本音を聞いてみたら、単純だった。
「わたしを見て笑ってくれたから」
「人間の生態を知っていたら理由になりません」
「あたたかい」
「話になりません」
「なんで?」
「あなたの世界とはルールも常識も違うからです」
埒が明かない。俺はわざとため息を吐いた。
「大家さん、これでどう?」
ついに彼女は擬態皮を脱いだ。元の姿はカマキリのような鎌を持つ、俺と背丈ほどのムカデの胴にナナフシほどの足が生えていた。女子高生の首に鎌を当てて俺を脅してきた。
「フ、ふ、ふ。大家さん、外だとこの子と同じ」
勝ち誇ったかのように笑っているのだろうか、大顎をカチカチと鳴らしたが、俺は別に負けてもいないし焦りもしない。
「警告します。その子を離してください」
俺は最後に警告をした。
彼女がそれを無視した刹那、ピタリと動きが止まった。否、止められたのだ。
困惑しているはずだろう彼女に俺は説明してあげた。
「口も舌も、眼球ですらも動かせません。大家の警告を無視した場合のペナルティですが、俺のは帰国するまで生命活動に不必要な機能の強制停止です。海外や他の大家はもっとエゲツないらしいですよ、詳しくは知りませんが」
相槌も返事もできない彼女の腕から女子高生を引き剥がす。パッと見た感じで傷はないがずっと意識が無いのが気がかりだ。
大家の警告が実行された時点で検問所の職員が数人来てくれるが、今回は異常に早かった。
「神経毒ほどではないが、それに似たもので眠っているようだな。後は検問所で検疫してから自宅に送り届ける」
「よろしくお願いします」
「家族から捜索願が出されたばかりだが、無傷で見つかって良かった」
職員は持ってきた担架で女子高生を連れていった。残った職員は問題の宿泊客を専用の護送機に押し込んでいた。これで後は宿泊客が部屋に置いている荷物を職員にわたして解決だ。
宿泊客の荷物を取りに家に入ると、他の宿泊客達が野次馬のように玄関に集まっていた。そうそう大家の警告が実行されることが無いから珍しいのか、それともただの好奇心なのか。
さすがに常連達はいなかった。
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