第9話 会ったことのない最後の常連客

 爺ちゃんからの引継ぎノートでまだ会っていない常連客が一人だけいる。シャケさんと同じくらい古株のはずだが俺が大家になってから一度も来ていない。

 単に日本に飽きたか、他の宿泊施設を利用しているかと思って気にしていなかった。


 検問所からの通達がくるまでは。


 珍しく検問所の職員が直接手渡しで通達を持ってきたのだ。よほどの緊急か重要なモノなのだと内容を確認したら、指名手配書だった。

 最後に使われた擬態皮の写真と記載された名前は、引継ぎノートで見た唯一会ったことのない常連客で間違いない。職員によると日本のみならず各所で指名手配されているが目撃情報が少なすぎて、密入国の可能性も視野にいれて指名手配書を大家たちに配って確認しているとのこと。

「最後に目撃されたのは日本ですが帰った記録もあります。ですが元の世界も含めて検問所から直通で行ける範囲で目撃情報が無いので、まだ日本にいる可能性もありかと。もし目撃されましたら即ご連絡を。特に此処は来る可能性が高そうなので」

 そう言って職員は宿泊記録の確認をした。

「今のところは問題はなさそうですが、検問所の警備員を配置することもできますがどうしますか?」

 大きな宿でもないのに警備員がいては落ち着かないと思い、俺は断った。いざとなれば大家の警告もある。そう言うと職員は気まずそうに頭をかいた。

「あー……その、あまり過信しないほうがいいです。警告失敗で亡くなられた大家さんも事例としてはあるんで、まあ……」

 歯切れの悪い職員は俺の脇腹を指差した。なんのことか察するのに数秒かかった。

「ああ、まあ……気をつけます」

「まだあの放火の犯人の目的は何だったのかもわかっていないんですから、警戒はしてください。検問所ではずっと捜査が続いているんで」

 俺の実家の火事は、警察は事故で済まされた。だが検問所では放火、および殺人事件として捜査が続けられている。乗り換えも含めると星の数ほどある異世界から犯人を探すとなると、俺の代で手がかりが見つかれば良い方だろう。

「まあ、そっちは気長に待ってるんで……ところで指名手配の理由はなんですか?」

 古い常連客が指名手配されるのは複雑な気持ちだが、会ったことがない分まだマシなのだろうか。

「イタリアとスペイン、フランスの三ヵ国で殺人です。証拠隠滅で放火もしています」

 痛くないはずの脇腹の火傷痕が針を刺す様に痛くなった気がして、思わず手でさすった。

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