第10話 不安の種

 指名手配書が出回ってから、あからさまに客が減った。検問所の検査項目が厳しくなったことに加え、過去にどんなに小さくても不祥事を起こしたヒトは一時規制がかかっている。

 大きいホテル並みのところならまだ違うだろうが、うちのように小さいところは常連客でもいつもの二人しかいない状況だ。

 別に金銭が絡んでいるわけではないので客足が遠のこうが潰れるわけではない。それでも宿泊客が少ないと落ち着かない。ヒトの気配が無いと病室を思い出して嫌になる。

「なんだ? 擬態皮を一瞬で脱ぐ一発芸が見たいのか?」

 共用スペースの主と化している酒呑みの気の使い方が雑でため息が出た。

「別にいいです。というかここで擬態皮を脱がないでください」

「常連しかいないし良いだろ、俺はそんなに脱いでも変わらない質量だから問題ないぞ」

 シャケさんはそう言って勝手に擬態皮を脱ぎ出した。言っても止まらないからそのまま放置だ。

「ほら、変わらないだろ?」

 そう言っておじさんの擬態皮から出てきたのは意外にもヒト型だった。ただ、頭部は黒い霧が丸く漂っているだけ。顔というものはもちろん無い。体の部分はヒトだが、手足の細長さの異常さは人外と呼ぶに相応しいだろう。指とよべる部分は鋭い爪のようだ。

 仕組みを俺の世界で理解しようなんて無理なことはしない。俺は適当を言ってシャケさんに擬態皮を着るよう注意した。

「つまらん反応だな……ロロア! お前も脱いでみたらどうだ、大家を驚かせたらこの前に話してた帯留の件をどうにかしてやる!」

「ちょ、だから擬態皮は脱がないでくださいって」

「そうよ。いくらあたしでも擬態皮はここで脱がないわ」

 検問所で擬態皮を着る前の姿をお互い見て知っているから、完全に俺の反応を見たいだけで言っているのはロロアさんもわかっている。

「あたしは手も目もたくさんあるから人間に見られるのは恥ずかしいのよ。大家さんにとってのあたしは擬態皮を着た今の姿のままでいてほしいし、それにあたしが脱いだら家を壊しちゃうわ」

 検問所は異世界用に空間が定まらずに変化し続ける。だから体の大きさなど気にする必要はないが、ここでは俺の物質操作にも限界がある。ロロアさんが冷静で良かった。

「みんながシャケさんのようにヒト型なわけないじゃないんだからね」

「ははっ! すまんすまん、大家がつまらなさそうだったからついな」

 そう言ってやっとシャケさんは擬態皮を着た。

「気を使わせてすいませんがお気になさらず」

 とりあえず俺がシャケさんに新しい酒瓶をわたすと、シャケさんはにんまり笑って俺の背中を何度か叩いた。

「一時的なもんだからすぐにまた賑やかになるさ」

「検問所が厳しいから旅行を控えるヒトが多いだけだしね」

 二人の言葉通りだといいな、と漠然とした不安が少しだけ残った。

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