第26話 時間不明の目覚め

 窓の無い医務室では目覚めても朝か夜かわからない。横目に見える壁掛け時計は四時を指しているが、もしかしたら十六時かもしれない。

 酸素マスクが外れないように注意しながら横を向くと、パイプ椅子に座ったいつもの職員さんが腕を組んでこっくり、こっくりと船を漕いでいた。

 俺は声をかけようとして変なところが詰まり、盛大に咽せた。そのせいで職員さんは驚いて肩が跳ね、その勢いでパイプ椅子から転びかけたが、すぐに体勢を立て直して俺の心配をしてくれた。

「大丈夫ですか! すぐに医療職員を呼びます」

「ちょ、ちが……咽せた、だけです」

 咽せただけで医療職員を呼ばれるのも恥ずかしいと職員さんを止めたが、酸素マスクを外したりするのにどのみち呼ぶ予定だったと言われた。

「貴方は丸一日も寝っぱなしだったんですよ。まあ脳に負荷がかかったから仕方ないですけど、あの後大変だったんですから」

 職員さんが言うには、俺の記憶からわかった事が多く、例の事件の解決の糸口が見えたらしい。けれどその解決方法について上層部の内部で揉めていると。

「あとは貴方の記憶から得た情報を元に、寝ている間に精密検査をさせてもらいました」

 検査結果の書かれた紙をわたされたけど、見方がわからなくていい加減な返事をしたら職員さんがため息混じりに説明してくれた。

「貴方って適当なところは本当に適当ですよね」

「いやぁ、すみません」

「いいですか、わかりやすく説明しますよ。まず貴方は人でいうところの胎児として、ヒトの中に長くいたせいで珍味レベルの臭いを纏っています。ヒトが異常に寄るのはそのせいですね。大家の契約で抑えていたのが薄れて昨日のような事が起きたと思います。これは契約更新で解決できます」

「なんか……加護とかって……」

 記憶の中でシャケさんが言っていたことを聞くと、職員さんは首を横に振った。

「卵を守るために加護をかける種族はありますが、どのような加護かは卵を視ないとわかりません」

「そうですか……」

「まあ──貴方の場合は視認、自覚しなければ無害の加護がついていたかもしれないです。少なくともあの常連の男性が渡したお守りはそういった効能だったと聞いていますので、似たようなものがかけられているかもしれません」

 職員さんは思い出したかのように付け加えた。

「ああ、こっちも先に話しておきましょうか。貴方を育てたヒトですが、例の指名手配中のヒトでした。種族も習性も申請書は偽造ばかりでしたが、貴方のおかげで特定できましたよ。一昔前に絶滅したと思われていた種族でした」

 薄々気づいていた。だから驚きはしないけれど、職員さんは意外な反応だと首をかしげた。

「もっと驚くか衝撃を受けるかと思ったんですが……続けますね。その種族は周囲に自分の妄想を認識させて事実にさせる能力があり、こちらで確認したところ、貴方が卵の中にいた頃の記憶は全て作り物でした。周囲の人間の記憶に貴方はいますが、実際の戸籍や履歴は乳幼児の頃に鬼籍にされたまま動いていません」

 職員さんは俺の顔色を伺いながら続けた。

「貴方自身が経験した本当の記憶は、卵から出た、あの家からとなります。その後のアレは……上層部は不問にする派と、一番軽くても処罰する派で別れて、協議中です」

 俺は検問所の一番軽い処罰はなんだったかと思い出そうとして止めた。難癖つけられて重い処罰になるかもしれない。

 深く息を吸って目を閉じたら、少しだけ胸のモヤモヤが楽になった。

「個人的には、もうそれ以上に罰は受けてると思いますがね」

 職員さんの不満そうな声に、俺は目を閉じたまま口角を少しだけ上がるのを感じた。

「ありがとう、ございます」

「礼を言われることは何もしていませんが……」

 いいや、助けられてばかりだ。でもそれを口にする前に、医療職員が来た。

 軽い診察の後に酸素マスクを外してもらい、まだまだ安静にするよう言われてしまった。

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