第13話 キャベツ地獄

  シャケさんが外出することは珍しくない。大量の酒瓶を抱えて帰ってくることも。

 ただ今回は違う。

「すまん大家、酒蔵の親父が息子の畑で採れたと言って持たされて断れんかった!」

 酒なら日保ちするが、俺の目の前に大量に転がるキャベツはそんなに保たない。俺は現実逃避したくなった。

 この場に料理が好きなヒトはいない。

「どぉするんですかこれ……」

「うん? 任せた!」

 俺が頭を抱える横でシャケさんはもう缶ビールを開けてソファーでくつろぎだした。本当にいっぺん殴ったろうか、このおじさん。

 共有スペースに広がる大きいダンボール三箱に詰め込むだけ詰め込まれた瑞々しいキャベツ。お土産として異世界へ持ち帰らせることは禁じられている、それ以前に常連二人は少食だから食べて消費するにしても焼石に水だ。俺一人で消費する? 俺が料理? 正気か?

 この絶望的な状況に救世主が現れた。巡回に来た職員だ。

「どうもどうもどうもお疲れ様です! キャベツとか食べますよね!? どうぞどうぞ!」

「なになになになに!? 普段とキャラ違いすぎて怖いですって──まさか精神汚染ですか!?」

 挨拶代わりにキャベツを両手に職員に迫ったら鎮静剤を打たれかけたので、落ち着いて事の経緯を話したら怒られた。

「貴方いまの情勢わかってますよね!? あんなのされたら問答無用で鎮圧されても仕方ないですよ!」

「いや、キャベツが──」

「それに検問所では衛生面と安全面から差し入れは受け取らないんです。職員も配給品以外は口にしない決まりなので、此処で食べることもできません」

 終わった。俺は大量のキャベツを腐らせる覚悟をしなければならないのか。

「あー……でも検問所の食堂のおばあちゃんが引退して暇してたかなー。料理上手で保存のきくレシピとか知ってるかもなー」

 項垂れた俺に職員はあからさまな棒読みで転がっているキャベツを拾った。

「なんだか急におばあちゃんの顔が見たくなったなー」

 職員の棒読みの優しさに俺は自然と土下座していた。

「よろしくお願い致します……!」


 共有スペースのキャベツを一人で台所へ運び終わる頃に、職員と一緒に一人の小柄なおばあちゃんが来た。おばあちゃんは台所のキャベツを見るなり声をあげて笑った。

「この量は一人じゃ処理できないわ! ほら見なさい、あたしが言ったとおりの数が必要だったでしょう?」

 そう職員の背中をバシバシと叩きながらおばあちゃんは台車に載せた大量のタッパーと調味料を俺に見せた。

「さ、火を通すなり塩漬けにするなりするよ。包丁を持ったことはあるかい?」

「持ったことないです……」

「じゃあ良い機会だ! 大きさはバラバラでもいいからこの大きさを見本にひたすら切ってみな」

 お互いに自己紹介も何もないままおばあちゃんのペースで、俺はひたすらキャベツを細かく切る作業におわれた。職員は手を出さずに監視するように俺とおばあちゃんを台所の端で見ているだけ。酒を飲んでるシャケさんよりかはマシか。

「お酢とマヨネーズでサラダにして、こっちはお好み焼きようにまとめて、あんた市販のミネストローネの素を知ってるかい? あれは楽でいいね、あたしはよく使うんだ。カレーのご飯をキャベツにしてもいいね。あとは餃子にして包んじゃおう。残りの切っていないのはロールキャベツにして、バターで炒めてから味噌汁の具にもしちゃおう」

 俺と違って手際よくテキパキとおばあちゃんはキャベツを調理していく。そして独り言がでかい。でもおかげで三箱もあったキャベツの山は無くなり、代わりにキャベツ料理が入ったタッパーの山ができた。

 しばらくはキャベツ料理を食べるのか、と思っていたらおばあちゃんはタッパーを次々と台車に載せて職員に持っていくように支持した。どういうことかと俺がおばあちゃんに聞こうとしたら、おばあちゃんは人差し指を口に当てて笑った。

「裏技ってやつがあるのさ。食堂の厨房が何らかの理由で使えなくて、止むを得ず他の場所を使った場合、作った物は検問所の検査を通せば職員に出せる……とかね」

 内緒だよ、とおばあちゃんは小声で教えてくれた。

「同じ手は使えないから今度からは客によく言ってきかせるんだよ」

「本当にありがとうございました。すみません、挨拶もろくにしないまま全部やってもらって……」

「本当だよ! 久しぶりに腰が痛いね! 挨拶はいいんだよ。もう会うことはないはずだからね!」

 カラッと笑い飛ばされ、俺は頭が上がらなかった。

「ロールキャベツとサラダキャベツを三人分、冷蔵庫に入れといたから。レンジでチンして食べな。良いキャベツだったからね、美味しいよ!」

 そう言っておばあちゃんは職員と一緒に検問所に帰った。俺はただただ深く頭を下げて感謝するしかなく、それを見ておばあちゃんは笑っていた。


「今日は台所がやけに賑やかだったが職員と何かしていたのか?」

 タイミングを見計らっていたかのように、二人が帰った後の片付けが終わってから顔を出したシャケさんに、俺は大家の警告を使って今後は生ものを大量に持って帰ってこない約束をさせた。

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