第31話 暗闇での会話
黒いアイマスクで視界を塞いだせいか真っ直ぐ歩けているのかわからない。
「大家、こっちだ。段差も障害物もないからそのまま歩いて大丈夫」
自然と両手を前に出して周りを文字通り手探りしていたら、シャケさんが手を掴んで捕縛の陣の下地が張られている場所まで誘導してくれた。見えなくても肌に触れる空気でなんとなく隣にシャケさんがいるのがわかる。
「今は敷地から出て右に少し歩いたところ、大家の後ろは垣根だ。周りに職員はいるが気配を消しているから目視はできない状態だ」
見えない俺の代わりに周りの状況をシャケさんは見てくれる。予想以上に真っ暗な視界は平衡感覚がおかしくなったため、位置情報は助かった。
「とりあえずはこのまま様子見だな。ヒトもいないし、大家は辛かったら座ってていいぞ」
「ちょっとしんどいんで、しゃがませてもらいます」
ただ立っているだけなのに、体がふらついて疲れるので言葉に甘えてその場に座り込んだ。
「周りにヒトは今のところいないが……黙っていたほうがいいか?」
「いや、可能ならしゃべってて欲しいです」
最初の一時間は様子見をする予定。それで来る気配がなければ次の手を打つが、どれも一時間ごとに行う予定だから待つ時間の方が長くなりそうだ。
俺は先ほど聞こうとして止めた話題をふることにした。
「あの火事場から俺を助けてくれたのって、シャケさんですよね」
暫しの沈黙の後、シャケさんは答えてくれた。
「ああ。擬態皮を脱いでたから記憶に無いかと思ってたが──例の記憶の映像ってやつか?」
「それもありますけど、俺が覚えている火事場と事実が違いすぎたんで。もしかしたらって思っただけです」
シャケさんは俺の記憶を見ていない。あれは検問所関係者と爺ちゃんしか見る権限がないから。
「なるほどな。たしかに俺の体の煙は黒いから火事の煙と勘違いしやすいか」
「俺が病院じゃなくて検問所に運ばれたのって──」
「ああ、好きなヒトには堪らないくらいの美味そうな匂いがしていたからな。病院に連れていってたら道中で喰われると思って止めた。検問所には生身の俺が触れた影響かもしれないとだけ言って誤魔化しといたから、人として治療をされただろ?」
「……シャケさんはよく我慢できましたね」
冗談で聞いたら、頭を小突かれた。
「ヒトによる。それに俺は肉食じゃないし……古い馴染みが育てたかもしれない人を喰うほど理性の無い奴でもない」
さらに今も同じ匂いがしていると、付け加えられた呆れ声とため息に、俺は少し反省した。
そうだよな、シャケさんはただの観光客で、たまたま自分と同じ常連客が問題を起こして、それを解決するために、いや、それ以外にもいろいろあるか。ただ善意で協力してもらっているだけだもんな。
「すみません」
「気にするな」
子供のように優しく頭を叩かれて、俺は少し黙ってしまった。
俺もシャケさんも喋らないと、夜はとても静かだ。虫や風の微かな音はするから無音ではないにしても、これでは自分の鼓動音の方がうるさく感じる。
緊張してきた。最初の一時間でこれだけ音沙汰がなければ、次の手を打つしかない。やると言ったのは自分だ。後悔はしていない。覚悟は決めている。
最初は全然平気だったのに、実際に時間が近づいてくるとじっとりと嫌な汗が滲み出てきた。
「大家、止めるならそれで良いんだぞ」
まだ最初の一時間も経っていないのにそんなことはしない。俺は黙って首を横に振った。
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