第18話 炎とトラウマ
俺が雑音と思っていたのは、擬態皮を着ていないヒトの声だった。そしてポルターガイストだと思っていたのは、俺に寄ってきたヒト同士の小競り合いの余波だった。
大家になってヒトをはっきり見るようになって気づいた。
小競り合いが起きれば必然的に弱いヒトは淘汰される。そしたら俺の周りに残るのは強いヒトだ。動物園の動物から見た人間は、こう見えているのかもしれない。
雑音ばかりだったのは最初だけ。今は人の声で俺を呼び続ける音しかしない。
目を閉じ耳を塞いで膝を抱えてどれだけ時間が経っただろうか。嗅ぎ覚えのある嫌な煙が俺の鼻をくすぐって、思わず顔を上げて目を開いてしまった。
嗚呼──火事だ。
結界越しに群がるヒトの後ろで、ベッドを仕切るカーテンが静かに炎で揺れているのが見えた。ここが医務室だと思い出して血の気が引いた。可燃性の薬品などをしまっている棚があるはずだ。
辺りを見わたそうとして、一人と目が合ってしまった。不味い。目が合うだけで肯定とみなすヒトもいる。
「火は苦手?」
深海のような暗いベールを幾重も重ねた姿はクラゲのようなシルエットだが、そのベールの隙間から見えた複数の光る眼と、体を支えるベールの下から伸びている複数の人の手に似た何かは、明らかに異世界のヒトだ。
俺はすぐに目をそらしたが、もう遅かった。
「火が苦手? もっと燃やそうか?」
海洋生物に似た姿だからって油断していたのかもしれない。けれど俺の周りにいるのは異世界から来たヒトたち。俺の世界の常識なんて簡単に覆される。
俺と目が合ったヒトは、火で俺の気をひけると思ったのかもしれない。奥で小さく揺れていた炎を引き寄せ、俺の周りに集まる他のヒトを燃やし始めたのだ。
「ほら、火だよ?」
勢いよく火柱がたち、俺は結界越しでも思わず慄いた。いくら職員の結界で熱が伝わらないとはいえ、俺のトラウマを叩き起こすには十分すぎる。
家屋ではない生き物が燃える独特な臭いが、ずっと煙で隠れていた記憶を鮮明にさせる。
「嫌だ──嫌だ! やめてくれ!」
俺の反応を面白がるように、ヒトは次々に火柱を上げて俺に見せようと、結界に生きたまま燃えるヒトを押しつけてくる。
半ば俺はパニックになっていたのかもしれない。結界越しに押しつけてくる炎から逃げるように手を振って後退した瞬間、俺の体はバランスを崩して床に転がり落ちた。
結界の外に出てしまったのだ。
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