41.切り札
最初に動いたのはユカリだった。
一瞬にして光の棍棒を精製し、カジャロプの頭を殴りつける。
だが、カジャロプはビクともせず、ただユカリをギョロリと睨む。
僕はユカリに続き、カジャロプに向けて走り出した。が、その動きも即座に捉えられ、氷の蔦で僕は脇腹を叩きつけた。
「ガハッ……!」
強い痛みと共に壁に叩きつけられる。
痛みで身体を震わせながらも立ち上がり、もう一度ユカリの元へ駆け寄ろうとする。
ユカリも再度棍棒を掲げて、カジャロプに攻撃する姿勢を見せた。
しかし、次の瞬間ユカリは棍棒を投げ捨てると、背面方向に飛んだ。
棍棒はみるみるうちに輝きを失い、氷の塊になる。
「手が!」
ユカリはぶんぶんと自分の腕を振る。
指先が棍棒と同じように凍りついている。
「!? ユカリ、それ大丈夫!?」
腹を抱えながらユカリに駆け寄り、手を握った。右手の人差し指と中指が凍っている。
「わからない……でも指、動かない」
「酷い……」
迂闊に今のカジャロプに攻撃するのは止した方が良さそうだ。
「ちっ。
ジャグジが悪態をついた。
「それってどういう」
「こいつにも、封じ込められる魔素には限界量がある」
ジャグジは手短に要点を説明してくれた。
今は本来、悪魔数体分の魔素を拘束する筈の
「つまり、このクソ野郎がそれだけ多くの魔素を放出してるっつーことだ」
ジャグジが忌々しげに拳を握る。
つまり、今この場は
「でもそれなら……」
僕はユカリの指先に小さく息を吹きかけた。
僕の口から炎が放出され、ユカリの指先を包む。
それでユカリの指先の氷が溶けた。
「あ」
ユカリはぐーぱーと自身の手を握る。
「動いた」
ジャグジが全身の熱を奪われた時にはどうしようもなかったが、ユカリの指先の程度であれば僕の炎でも吸熱の能力を上書きできたみたいだ。
そしてやっぱり、さっきまでは使えなかった炎が使えるようになっている。
「そうか。あっちが能力解禁ならこっちもか……それで壁を壊……せねえよな。そもそもそれが出来ないから
その通りだ。氷と蔦の壁に炎を吐いてみても良いが、それは無駄撃ちにしかならないと思う。
カジャロプの氷にしても、エキドゥナの蔦にしても、攻撃を受けたそばからすぐに修復する代物だ。
僕たちがこんな会話をしている間も、氷の鎧の下で、カジャロプは息を荒くしてはいるが、向こうから動く気配がない。こちらを警戒しているのかそれとも──。
どちらにせよ、このままでは膠着状態。
いや、この状態が続けば、参るのはこっちだ。
悪魔の姿でも、徐々に身体が冷えていくのを感じる。ジャグジも平気そうにしているが、きっと鎧の中では必死で寒さに耐えているはずだ。
「ユイト、どうする? また殴りかかるか?」
ユカリが僕の顔を伺う。
再度ユカリの攻撃を喰らわせると共に、一度カジャロプに向けて炎を吐くか?
いや、それで反撃されれば、なす術もない。最悪、ドームの壁が一瞬でそうなったように、僕らごと凍らされるかもしれない。
僕らが未だ息をできるのは、ただのラッキー。そう思った方が良い。
「俺の銃もこの極寒の中、動きすらしねえ。ハ、遂に詰んだか」
ジャグジが柄にもなく、弱気な言葉を使う。
どうにか、なんとかできるはずだと応えたかったが、そう息巻いたところで、僕の力はユカリとカジャロプには敵わない。
「……」
同じにすりゃいい。
ドームに入る前、ジャグジの言っていたその言葉が頭の中で繰り返された。ジャグジはあの時、
「ジャグジ……僕と契約できないかな」
「ああン!?」
ジャグジが不審げな声を出した。
「僕だけじゃなくて出来たらユカリとも」
「何言ってやが──」
「ジャグジ言ってたでしょ。あいつに敵わないなら、あいつを倒せた時と同じ条件にしたら良いって。でも、あの時と本当に同じにするなら、
悪魔は契約者の命令あってこそ、その力を十全に発揮することができる。
ルビーの命令の効果は、まだ持続中だ。でも、ルビーが、契約者が今この場にいるわけじゃない以上、更に命令の効果を上乗せすることが、できていない。
「──本気か?」
「はい。ジャグジが契約者になれば、僕たちに命令できる。そしたら、力を更に強く、僕たち悪魔は発揮できるはずだ」
「それで……?」
それで、って。
「それでもし、もしもだ。上手くいったとして、俺はスフィリーク共がそのことに気づく前に、テメェらにめちゃくちゃな命令をするかもしれねえぞ。お互いに殺し合え、とか俺を助けて自害しろ、とかな」
「そんなこと」
「しねえと思うか? おい、勘違いするなよ。俺が今お前らに協力してるのは、あくまで俺がスフィリークの捕虜になってるからだ。それにそもそも契約の仕方知ってんのかテメェは」
それは……。僕と契約したのはスフィさんとルビーだが、二人が僕とどう契約したかは知らない。
「あたし、わかるよ」
「え?」
ユカリが自分の腹の下にある契約印を指し示した。
「あいつに聞いた。契約の方法はいくつかある。その中でも手軽なのは、契約印に新しい契約者の血を注ぎ込む。それで悪魔と新しいパスが繋がる」
「そうなの?」
「さあ。聞いただけ。いざと言う時はその辺の人間無理矢理契約者にして力だけ強化しろってあいつ言ってた」
無茶苦茶なこと言うな。
ユカリの言うあいつとはイリーナのことだろうけど、そういうことをタウラス時代のユカリに教えてもいたのか。
「だからジャグジ、契約できる」
「……こんなとこで血を流したら、それこそすぐに凍死だろうが」
ジャグジはそうは言うものの、さっきまでの覇気がない。多分、僕の言葉を否定し続けるべきか、迷っている。
「僕は……信じるよ。ジャグジのこと」
「はあ!?」
「本当に悪魔への命令を悪用する気なら、そんなことわざわざ忠告しない」
スフィさんには後で大目玉喰らいそうだけど。
「だから、ジャグジも信じてよ。僕は、僕たちはジャグジを死なせたりしない」
「……勝手にしろや」
ジャグジはしゃがみ込むと、ブーツのあたりを触る。するとそこから小さな短剣が抜かれた。
そんなとこにも隠し武器があったのか。悪魔相手に短剣は、全く無意味だろうけれども。
ジャグジは手袋を脱ぎ、短剣で指先を切る。
じわり、と赤い液体がジャグジの指を濡らした。
「おら、しゃがめや。クソ山羊」
それが僕のことだと理解するのに、一瞬間が空いた。
「はい!」
僕はジャグジの前にしゃがみ、胸を差し出した。
ジャグジが契約印に触れる。ジャグジの血が、契約印を通して、僕の中に流れ込むのを感じた。
「俺はユイト、テメェと契約する。だからさっさと、あのクソ悪魔ぶっ殺すぞ!!」
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