19.悪魔娘

 ずしり、と布団の上から重みを感じた。


 ちらっと布団を下ろす。

 胸の大きな亜人らしき女の子が、僕のかぶる布団の上に乗っている。裸で。


 その子は僕に鼻を近づけて、くんくんと僕の匂いを嗅ぎはじめた。


 え、さっき耳を噛んだのもこの子?


 僕は噛まれた方の耳をおさえた。

 強く噛まれたわけではなく、特に何も怪我はしていない。


「やっぱり──お前」


 そう言って、その子はピンとそのお尻から生える尻尾を立てて、ゆっくりと振ると僕の顔を舐めた。

 僕の心臓の鼓動が、一気にハイスピードに変わった。


「いや、ちょっと、やめ」


 ──待って待って。これどういう状況!?


 僕は抵抗して、その子の肩を押し返したが、そうしたら今度はその子の大きな胸が目に入った。僕と同じく、腕や首筋にはもさもさと毛が生えているが、胸やお腹までは毛がなくて、その子の少し日焼けしたみたいな小麦色の肌が直に目に飛び込んでくるものだから、心臓に悪い。


 ──それにしても。改めて見ても、大きい。

 ……じゃなくて!


 僕は目に飛び込んで来る艶々した小麦色の肌から流れる為、顔を伏せる。

 そこで、あるものに気がついた。


 ──下腹部に、火傷の跡がある。

 その火傷の跡にうっすらと紋様が浮かび上がっているのもわかった。


 僕の脳裏に、昨日の出来事が思い浮かぶ。

 あの時見た、お腹の下の方にあった契約印。僕が吐いた炎で燃やした悪魔の印。


「えっと、もしかして……」


 ──もしかしてこの子、亜人なんかじゃなくて。


「……タウラス?」


 その子は少しムッとした顔で、頬を膨らませた。


「タウラス違う。名前、あいつ呼んだだけ。アタシ、ユカリ」

「ユカリ……?」

 いや、でも多分、つたない言葉で要領を得ないけど、やっぱりこの子……。


 と、混乱する頭でぐるぐる色々と考えていると、ドタバタとした足音が近づいてきた。


「こんなとこにいた! ……って何やってるんですか!?」

 ルビーが寝室に入ってくるや否や、叫び声を上げた。


「は!? ちょっと! ユイトさん、一体何を!?」

「なんで僕!?」


 この子が何者であれ、咎めるならいきなり眠っている僕の上に飛び乗ってきたこっちの方だと思うんだけど。


「うん、なるほど。好きにしてみろ、とは言ったが、こっちに来たのか」

 わなわなと肩を震えるルビーの後ろから、今度はスフィさんが顔を覗かせた。

「この子、自分の名前はユカリだって言うんですけど……タウラスですよね?」

「そうだ。よくわかったな、ついさっき契約の結び直しに成功してな。しかしユカリか、ふむ」

「なななな、ユイトさん。その牛悪魔とこの短時間にもう名前を呼び合う仲に? なんて手の速さ。ユイトさん、腐ってもやはり悪魔ッ!」

「なんだよ、それ。ベッドでぐっすり寝てたら急にこの子が飛び込んできたんだよ」


 ただ何よりも、まず。


「……服、着せてあげてくれません?」


 こうやって、裸のまま僕の上に乗られると、悪魔と言えど今は人間態、見た目は女の子。目のやりどころに困る。悪魔になってもなお、こういうことにはドキドキするんだな、と改めて感じる。


「そうだな、タウラス……じゃなくてユカリだったか? 服を着ろ」


 スフィさんはすでに服を持ってきていたらしく、タウラス(ユカリ?)に服を渡したが、彼女はそれの匂いを嗅ぐと地面に投げつけた。


「くさい」

「それわたしの服なんですけど!?」

 ルビーが抗議の声をあげた。


「……いいからユカリ、これは命令だ。服を着ろ」

「……わかった」

 ユカリは渋々、といった顔でスフィさんの言葉に頷くと、服を拾う。

 だが、ユカリは拾った服をじっと見つめて動かなくなってしまった。


「どうした?」

「着る。わからない」


 ユカリはきょとん、と首を傾げた。

 マジか。ここまでの短いやり取りでも、ユカリこと悪魔タウラスの人格は、僕とは違い、言葉がしっかり通じるようでもないらしいが、服の着方までわからないとは。


 他の悪魔に会ったことがないからわからないけど、僕以外の悪魔の中の人格って一体どうなってるんだろう。


「そうか、そうだな。ユイトがあまりに普通に人間らしいから忘れていたが、悪魔って本来ほとんどがこんな感じだった」

 そんな風にスフィさんがぶつぶつと独り言を言っていた。


 こんな感じってどんな感じのことを指してるんだろう。


「仕方ない、ユイト。着せてやれ」

「えっ、いや、それは」


 それはちょっと困るというか、だいぶ気後れするというか。


「やめてください、師匠。いいです。わたしが着せます。ユイトさんも一回、部屋の外に出ていってください」


 そう言ってくれると僕は助かるけど。


「ほんとにいいの?」

「いいです、そもそもわたしの服ですから、下着とかまでユイトさんに触られたくないです」


 地味に傷つくことを言われた。いや、当然の反応っちゃそうなんだけど。


「じゃあ牛……じゃなくてあなた、手を上に伸ばしてくれますか」

 と、ルビーが言うが、ユカリは全く反応しない。


 すでにだいぶ不機嫌そうなルビーの耳が斜め後ろに引っ張られていつも以上に長く見えた。

 それを見てルビーの後ろでスフィさんが少し考え込むようにしてから、口を開いた。


「ユカリ、両手を上げろ」


 スフィさんがそう言うと、さっきルビーが言った時とは打って変わって、ユカリはすっと両腕をあげ、万歳の格好になった。


「ああ、そうか。今、契約者はスフィさんだから」

「おれ以外の命令は聞かん、と」

「なんですかそれ! めんどくさ!!」


 そう言って、ユカリに服を着せようとルビーが近づいたが、ユカリは嫌そうに顔をくしゃくしゃにした。


「お前、くさい」

「!? ぶっ飛ばしますよ!?」


 かつて見たことがないほどに、荒ぶるルビーだった。

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