20.悪魔の買い物

 結局、荒ぶるルビーに蹴飛ばされる形で僕は部屋を追い出された。

 しばらくして、ユカリ(タウラス)も服を着て出てきたが、かなり嫌そうな顔をしていた。


「服、嫌。嫌い。くさい」

「師匠! わたし、この子嫌いです!」


 なんか一触即発なんだけど大丈夫か。


「わかった。今度、新しい服買ってきてやるからとりあえず今はそれで我慢しろ」

「師匠! それで我慢しろ、とは!? 納得がいきません!」


 ルビーの荒ぶりが止まりそうにない。

 えっと、こういう時はどうしたらいいんだ。


 するとスフィさんが僕の脇を小突き、耳元で囁いた。


「後であの子の服を買うついでに、ケーキでもなんでも買ってきてくれないか?」

「それはいいですけど。僕一人で?」

「街の連中なら、お前のことは歓迎してくれるし、それにあの悪魔を一人留守番させるのも、今の調子のルビーと一緒にいさせるのもどうかと思ってな……」


 スフィさんが僕にすっと財布を渡した。


「スフィさん、そのあたりの危機感知能力あったんですね」

「とにかく頼んだ」


 僕は溜息をつき、頷いた。


 洋服店の場所は,召喚初日に案内された時に、大聖堂を出てすぐの街道を歩いた先にあるというわかりやすい場所だったのでよく覚えていた。


 色々な服が並ぶ服屋の露店の前で足を止め、無地のシャツを手に取った。

 それを見て、僕に店長が声をかけた。


「いらっしゃい! ……と、スフィリーク博士んとこの悪魔坊主じゃねえか!」

 と、大声で言ってから、店長は両手で自分の口を塞いだ。


「おっといけねえ。あんまり大声でしゃべることじゃなかったな」

「覚えてくれてたんですか?」

「そりゃあな」


 ──やっぱりそうだよな。


 巨大化する時に脱ぎ去るのが便利だからとずっとフードローブを着続けてはいるが、見慣れてしまったりすると逆に目立つ。

 今後はユカリだけではなく、後々僕自身の服装も考えなければいけない。


「それに今、街のみんなにとってあんたたちはヒーローさ。あの忌々しいイリーナにジャグジたちを懲らしめてくれたんだ。後でスフィリーク博士にも顔を出すよう言っといてくれよ。で、坊主、今日は何をお探しで?」

「何着か、新しい服を用意しなくちゃいけなくて。できれば女性物? で」

「ルビーちゃんのかい?」

 当然のことながら、店長はルビーのことも知っているようだ。


「えーっと」

 正直に言っていいものかどうか。


 ただ、ユカリだけに僕が服を買ってきたとして、それはそれでルビーの機嫌を損ねることにならないか?


 僕もユカリも、ルビーと背丈は似たり寄ったりだし、どっちにしても、ルビーの服は探しておいた方がいいかもしれない。


「そうです」

 そんなこんなで、僕は店長の言葉に首を縦に振る。


 店に陳列される服をきょろきょろと見回して、露店の奥の壁にかけてある服が気になった。


「あれって……」


 僕の世界で言うところのセーラー服だ。白を基調にして、首元には水色の大きな大きな襟がついている。

 セットで飾られているスカートも水色だ。


 ルビーは元々、プリッツスカートみたいな学生服のような服装を好んでいるみたいだし、この服もルビーに似合うかもしれない。


 勝手に買うのを決めたりしたらまずいだろうか?

 僕はスフィさんから預かった財布の中身と、セーラー服の横にある値札を見比べた。


 シャツや下着を何着か買ったとしても、今の手持ちで買えるだけの値段かを知りたかったが、こちらの世界の値段がわからない。


「えっと、あの服とここにあるシャツと下着のセットと買いたいんですけど、足りますか?」

 僕は店長に財布の中身を見せた。


 露天商に対する対応としてはアウトな気もするが、お金の価値をちゃんと教えてくれなかったスフィさんが悪い。


「全然大丈夫さ! いいよいいよ、サービスだ。あの服のお代はいらないよ」


「いいんですか?」


「ティプトンの英雄さまだ。これくらいサービスしなきゃな」


「あ、ありがとうございます!」


 店長がいい人で助かった。僕はシャツやズボンなどのユカリの服と下着の代金を店長に手渡して、商品を受け取ると大聖堂まで全速力で戻った。


 その間も、僕に気付いた街の人から「ありがとう」とか「スフィリークさんによろしく言っておいてね」とか話しかけてくれたので、僕はひらひらと手を振って応じた。


 改めてみんないい人たちだ、と思う。厳密には違法な物品とかも扱っているお店もあるのだろうけど、街の人たちの心づかいの暖かさを感じる。だからスフィさんも、彼らのために何とかしたいと立ち上がったのだろう。


 大聖堂に帰ると、スフィさんとルビー、ユカリが広間で輪になって座って、ご飯を食べていた。と言っても食事を口にしているのはユカリだけで、手掴みで目の前にならぶ肉や魚をガブガブと呑み込んでいる。


 ルビーはユカリからは距離を取っていて、耳を張って、口をへの字に曲げながらじっとユカリが食事をする様子を睨みつけていた。


「ただいま」

「おう、帰ったかユイト。おかえり」

「……おかえりなさい」


 僕が帰ってきたことに気づき、スフィさんが、続いて気のない声でルビーが応えた。


「スフィさん、ユカリの着替え、買ってきましたよ。言っときますけど適当ですからね」

 僕はスフィさんに、ユカリのために買ってきたシャツと下着、ズボンを一着ずつ渡した。


「お、そうか。ありがとう。ユカリ、服を着替えるぞ」

 スフィさんの声に耳を広げて、ユカリは顔を上げた。口の周りが食べかすだらけで汚い。


「服。着方。もうわかった」

 ユカリはそう言って立ち上がると、その場で服を脱ぎ始めた。


「ちょ! やめなさい! ここで脱がない!」

 ルビーも立ち上がり、ユカリを指差して咎めたので、僕は慌てて言葉を続けた。


「あ、後! 勝手に決めて悪いんだけど、これルビーにどうかなって!」

「……わたし?」


 斜め後ろに張って、毛を逆立てていたルビーの耳がぺたんと頭にくっついた。

 僕はうんうんと頷き、さっきのセーラー服をルビーに渡す。


「ユカリの服を選んでたら見つけて。ルビーに似合いそうだなって。それで」

 我ながら恥ずかしく、ごもごもと言ってはしまったが、ルビーはセーラー服を見て、嬉しそうににまにまと笑った。


「かわいい! ありがとうございます! 早速着てきてもいいですか!」

「もちろん」

「はい! ユイトさん、ありがとう!」


 ルビーは、ぴょんぴょんと跳ねながら、広間につながっている自室に向かった。


「ユイト」

 スフィさんも立ち上がり、僕の肩を抱いて、ぐっと親指を立てた。


「グッジョブ、ユイト。マジで助かった」

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