21.悪魔の恩返し
「どうですか?」
自室から出てきたルビーは、自分の姿を見せつけるようにして両手を広げた。
水色のアクセントの効いたセーラー服は、ルビーのしなやかな身体によく似合っていると思った。
さっきまでのイライラオーラは全く感じられず、ひとまずホッとする。
「ふふ、師匠以外の人からもらったお洋服を着るのなんてはじめてです」
自分でやっておきながら恥ずかしくなったのか、ルビーは両手を下げると、背中のあたりで手を組む。
「ああ、かわいいじゃないか。なあユイト」
スフィさんの言葉に僕も力強くうなずいた。
「うん。似合ってるよ、ルビー」
「うえへへ、ありがとうございます!」
ルビーは跳ねながらこちらに近づいてきて、ピタリと足を止めた。
「そういえば、牛娘は?」
「ん? タウラス……じゃなかった、ユカリなら」
スフィさんと僕はユカリのいる広間の真ん中を注視した。
上着を着替えたユカリが、また食事に戻り、肉をバクバクと食べているところだったが、下半身は脱いだままで、ズボンと下着が近くに転がっている。
「あれは一回色々としつけ直さないとダメか……」
スフィさんはためいきをつきつつ、ユカリのそばまで歩いていく。
「ユカリ、命令だ。下の服もちゃんと履け」
スフィさんの命令に、ユカリは口の中に頬張っていた肉をごくりと飲み込み、立ち上がった。
「イエス、マスター」
ユカリは命令通り、僕の買ってきた下着とズボンを履く。一応さっきとは違い、服の着方は理解したらしい。
「ルビー、大変だったね……」
ユカリに服の着方を教え込むまでの苦労を想像し、思わず労いのことばをかけた。
「そうなんですよ! ほんとに! わたしが必死に服を着せようとしてもあの牛、わたしのことくさいとか言うし……最悪でした」
ルビーは耳をたててはいるが、僕が服を買いに行く前の時ほどの怒りはなさそうだ。
と、しゅんとルビーの耳がしおれた。
「……それともユイトさん、わたし本当にくさいですか?」
「え、いや……」
「自分のにおいが他人にどう感じられるかとか自分ではわからないし……普段は師匠以外の人とはあんまり接触しないし……ほら、こことかどうです?」
ルビーは自身の頭を、ずいと僕の鼻に近づけた。
急なことに僕はたじろぎ、後退りそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。
「いや、そんなことない。むしろいい匂いっていうか……」
何を言ってるんだ僕は。
「本当ですか?」
ルビーが不安げに尋ねた。冷静になって、少し心配になったらしいが、正直心配することはないと思う。
「ほ、本当だって」
ルビーが寝る前には必ずシャワールームを利用していることを、僕は知っていたし、今だってルビーの頭皮からはシャンプーのいい香りがしていた。
「二人とも! そこで突っ立ってないで早くこっち戻ってこい」
「あ、はい!」
「すみません、師匠!」
スフィさんの呼びかけに、僕らは慌ててスフィさんとユカリのいるところまで走った。
ユカリはどうやら肉を食べ終わり満足したようで、寝転がって自分の手を舐めたりしている。
「そういえばスフィさん」
色々ともめてうやむやになっていたが、ユカリが寝室に来て、僕のお腹に乗っかっていた経緯は一体どういうことだったのだ。
「それだがな。多分、ユカリはお前に礼がしたいんだと思うぞ」
と、スフィさん。
「お礼?」
「そうお礼」
「それって……」
お礼という言葉に反応したのか、ユカリが急にぴくりと耳を動かして、起き上がった。
「お礼!」
そして僕の前まで駆けてきて、ぴたりと身体をくっつける。
「ちょっ!?」
僕はユカリが急にくっついてきたのに驚き、腰から倒れてしまい、僕が押し倒されたみたいになった。というか、タウラスとしてのユカリと戦った時も思ったが、やっぱりこの子、力が強い。
「この牛また!」
どさりと床に重なり倒れた僕とユカリを見て、ルビーがユカリをひっぺがそうと肩のところを引っ張った。だが、ユカリはびくともせず、僕の目をじっと見つめている。
「お前、アタシ助けた。アタシ、お礼する」
「ん、えっと。もしかして……契約印を消したこと?」
「そう」
そうは言っても結局今もう一度スフィさんと契約結んじゃってるしな。それはノーカンなのだろうか。
「アタシ、あいつ嫌い。よかった」
ユカリは目を瞑り、べーっと舌を出した。
あいつとは、イリーナのことだろうか。確かに、悪魔の扱いに対してスフィさんみたいなタイプではなかったろう。
「お前が寝た後に、ユカリとは契約の儀を終えてな。お前に命じたように手始めに人間態になるように言った。ただ、どうにもそれ以上に動こうとしなかったものだから、一旦ユカリに『今お前のしたいことをしろ』と命じたんだ。そうしたら研究室からすっ飛んでいってな。気づいたらお前の腹の上、というわけだ」
スフィさんが補足を加えてくれた。
なるほど。
ユカリの今したいこと。それがイリーナとの契約印を消した僕にお礼をすることだと。
「アタシ、恩義大事。悪魔、礼儀大事。お前、したいこと言う。なんでも。アタシ、カラダあげても、よし」
「!? 何を言ってるんですか、この牛は!」
スフィさんが話している間もユカリを引っ張っていたルビーが、顔を真っ赤にして手を離した。
イリーナ商会との戦いという難は去った。けれど、また別の方向から騒ぎになりそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます