第6話 悪魔と亜人

22.悪魔のマッサージ

「全くなーにを言ってるんですかね! あの牛娘は!」

 スフィさんに探し物を頼まれて来た倉庫の中を調べながら、ルビーはプンスカとまだ刺々しい口調だった。


「ユイトさんもユイトさんです! あんな牛、乗ってきた瞬間に蹴飛ばせば良かったんですよ! どーんって!」

「そういうわけにはいかないし、あれでタウラス……じゃなくてユカリ、だいぶ力強いからね」


 多分、単純な筋力だと人間態でも悪魔態でもユカリの方が力は上だ。


「それはそうかもですか──あっ!」

 納得がいかない、という風に言葉を続けようとしたルビーが、話を中断して、倉庫の一角をガサガサと漁り始めた。


「あった! ありましたよユイトさん!」

 ルビーはぴょんぴょんとその場で跳ね、何かを拾い上げるとこちらを向いた。


 ルビーが手にしているのは、スフィさんも持っているようなタブレット端末だ。


「ちょっと電源つけてみますね」

 ルビーが側面にあるボタンを押すと、タブレット端末が起動し、画面が光った。


「これがそうなの?」

 僕が画面を覗き込むと、ルビーは嬉しそうに画面を見せてくれた。


「私も今やユイトさんのご主人! 私専用のが必要でしたからね。師匠の予備なんで、ちゃんと機能する筈です」


 スフィさんに頼まれていた探し物。新たに契約者となったルビーの為の悪魔契約端末。

 端末があった方が、より直接的に命令が契約印に作用する。また、契約者が複数の命令を下す場合、矛盾するような命令をすると後から反動が起こるそうだが、その場合も命令が契約印を通して悪魔側に伝達されないようなセーフティの意味もあるとか。

 とにかく、複数の契約者がいる場合は特に、悪魔の契約者には欠かせないデバイスである、とのことだった。


「せっかくだから何か命令してみますか」

「え」

「ちゃんと機能するか確かめないとですからね!」


 ルビーは嬉しそうに耳をピクつかせながら思案していた。自分用の道具をもらったせいか、どうも心なし、ハイになっているように見える。


「決めました。最近戦闘続きで脚をだいぶ酷使しているので、ユイトさんにマッサージしてもらいます」

「なんて?」


 僕が聞き返すより前に、ルビーはぺたりと床に座り、端末を掲げた。


「私、ルビーが悪魔カキザキ・ユイトに命ずる。私の足を、揉みなさい」

「ちょっと──」


 ちくり、と契約印に痛みを感じた。

 どうもしっかりと、ルビーの命令は契約者のものとして作動したようだ。


 っていうかそのくらい命令なくてもやるのに。いやどうかな、恥ずかしさの方が勝つか……?


 色々な思いが、僕の脳内を駆け巡る。


 僕はルビーの靴を脱がせる。心臓がドキドキするが、これは普通に恥ずかしいだけだ。


 靴を脱がせたルビーの足は、やはりというか当然というか、兎のそれに近く、人間のものと比べると細長い。

 僕は大きく息を吐き、その足に触れた。


 ルビーの柔肌に触れるのも恥ずかしいが、それよりもこうやってルビーが僕に身体を預けている事実にドギマギする。


 もふり、と柔らかい体毛の感触の後に、しっかりと肉の弾力を感じる。

 ふわふわとした毛の下にある、細くも逞しい脚だ。試しにつま先のあたりを、ギュッと指で押し込んだ。


「あっ、そこ……」

 ルビーがピクリと身体を震わせる。


「ちょっと……変な反応しないで」

 ただでさえ何かよくわからんのに、余計によくわからんくなる……!


 足を揉めと言われてもどこの部分を揉むと良いのかよくわからない。人間の足揉みすらよくわからんのに。わからん。なにもわからん。


 僕は無心でルビーの足を揉む。できるだけ満遍なく揉んだ方が良い気がしたので、つま先の方から少し硬めの踵の先まで、偏りがでないよう。


「ん……やっぱり人にしてもらうと、気持ちいいですね……」

「ちょっと……! 静かに!」


 ──集中させて!!

 ──お願いだから!!


「……は、反対は?」

「お願いします」


 僕は唾をごくりと飲み込むと、反対側の靴も脱がせ、脚を露わにする。そして同じように無心で足を揉みしだいた。

 こうして改めて見ると、ルビーの脚はスフィさんや、シャワー室でチラッと見たジャグジのものよりも、やはり筋肉質だ。


「ルビーの脚って綺麗だよね」

 雑念を払おうと思わず意味のわからないことを口走った。


「え!? あ、ありがとうございます?」

 ルビーの方も耳をピンと立てて、あせあせと反応した。


「き、鍛えてるからだろうけど、すごいしゅっとしてて。か、かっこいい」

「そ、そうですか。嬉しいです」


 すらりと伸びてはいるのだが、足の付け根から太ももまで、みっちりとした筋肉が目立つ。

 普通の人間にはないだろう健脚美。それはルビーのような亜人の持つ特権であり、ルビーがここまで自身を鍛えてきた年月の賜物だ。

 無心になる為にぼうっとしていたせいでそんなことを考え、僕は何か悪いことをしている気がして余計に雑念が増える。


 ──だから、何だこれ!


「ねえ、ルビー」

「な、なんですか、ユイトさん」

「亜人って何なの?」


 改めて雑念を払う為、なんでもいいから話題を振ることにした。


「亜人って何なの、ですか。今説明できるかな。結構頭ほわほわだから。……いや、ユイトさん、足揉み、もう良いですよ」

「ほんと?」


 しばらくマッサージを続けていると、ルビーの方から足を引っ込めてくれた。

 正直、自分で今何をしているのか助かった。

 ふわり、と胸の辺りが暖かくなる多幸感を覚える。スフィさんの命令を聞いた時とは、またちょっと違う感覚だ。


「いやこれ……思ったより良いですね。癖になりそう……私、師匠に命令されてばかりで誰かに命令するってことなかったから」

「別にこんなことなら命令なんてなくとも──」


 キィ、と倉庫の扉が開く。

 僕とルビーが合わせて、扉の方を向くと、スフィさんが倉庫の床に座る僕らを見下ろしていた。


「ふむ。帰りが遅いと思って様子を見に来たが、もう少し待っていた方が良かったか。じゃあおれは広間に戻るから──」


「師匠!? 違っ! いや、違わないけど違っ! っていうかデジャブ! 師匠! 待ってください、師匠!」


 ルビーは急いで靴を履き直すと、既に扉から離れたスフィさんを追う。

 僕はまだ少し高鳴る胸を押さえつけると、溜息を吐いた。

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