42.決着

 バチバチと、全身の筋肉が鼓舞されるかのように締め付けられる感覚。

 ジャグジと繋がった契約が、間違いなく僕に力をくれている。

 効力は薄くなっているとは言え、スフィさんにルビーの命令も乗った、今までにない力が湧く。


「ユイト! てめぇに命じる! そのクソウサギの、蔦の鎧を燃やせ!」


 僕はカジャロプに炎を吐く。

 対するカジャロプは突進しながら炎を受けた。

 カジャロプに当たる炎が消えて行く。まだダメだ。カジャロプの吸熱の力に、炎が打ち負けている。


「くっそ!」


 カジャロプが目と鼻の先まで近づく。

 さっきのユカリみたいに、今カジャロプに攻撃を受ければ身体の自由を奪われる。僕は仕方なく、翼を広げてカジャロプの攻撃を飛んで避けた。


「ユイト! そのまま炎吐き続けろ!」

 ジャグジが叫んだ。


「でも!」

「いいからやれや!」


 翼を一振りして体勢を立て直し、直下のカジャロプに炎を吐く。

 カジャロプは腕を交差して炎を防いだ。やはり、炎が届いていない。


「タウラス!」

 今度はジャグジがユカリに叫んだ。


「カジャロプの胴体ブン殴れ!」


 ジャグジの命令に、ユカリはムスッとした声で応えた。


「アタシ、お前と契約してない」


 そう言いながらも、ユカリは再度、光の棍棒を形作り、僕に相対している為にガラ空きのカジャロプの背中をブン殴る。


「ガアアアアア!」


 ユカリの棍棒を受け、カジャロプが小さくよろける。

 攻撃が効いてる?


「タウラス、もう一発だ」

「! わかった!」


 ユカリはジャグジの言う通り、棍棒をもう一度振りかぶる。

 カジャロプは僕の炎を受け止めていた腕を緩め、ユカリの棍棒に手を伸ばした。


「ユイト! 最大火力!!」


 間髪入れず放たれるジャグジの命令。手応えがある!

 腹に力を込め、渾身の炎を喰らわせる。


 ユカリの棍棒がカジャロプの胴体に届く。


 今度は目に見えて大きくカジャロプの足元がぐらついた。


「タウラス!」

「ッ!」


 ジャグジが言うよりも早く、ユカリは打撃をもう一発、カジャロプの脚に当てた。


「ガアアアアア!!」


 カジャロプが転倒した。僕の口からは未だカジャロプに向けて炎が発せられているせいでよく見えないが、さっきはユカリの棍棒を喰らってもビクともしなかった悪魔が、地に手をついている。


 そしてカジャロプの鎧が燃えていく。


 ユカリが休むことなくカジャロプに攻撃を入れようとする。

 だが、カジャロプがユカリを睨みつけると、床から蔦の壁がせり上がり、ユカリを包み込んだ。


「ユイト! 今、炎で拘束は!?」

「ダメです!」


 蔦の鎧は燃えていく。だが、そこまでだ。僕のイメージ通りに、炎がカジャロプを拘束まではしない。カジャロプの体毛に触れた瞬間に炎が消えている。


「ユイト、一旦来い!」


 炎を止め、ジャグジの元に降り立つ。

 ジャグジは僕の腕を勢い良く掴み、カジャロプを指差した。


「咄嗟で説明不足だったが、多分、奴の能力にも穴がある」

「穴?」

「ああ。ユイトの炎を受けている間、僅かだが、奴の背の蔦の氷が融けていた」

「だからユカリの攻撃が効いた?」

「多分な。能力が全身を覆ってるわけじゃねえんだ。さっきはお前の炎を受けて、他が疎かになったんじゃねえか? チッ」


 ジャグジが心底煩わしそうに、舌打ちした。


「急がねえとまた振り出しだ」


 見れば、カジャロプは起き上がり、また足元から少しずつ蔦がカジャロプの体を覆おうとしている。


 ちょうどユカリも自分を包む蔦の壁から抜け出したところだ。

 またユカリとのコンビネーションでカジャロプを攻撃したいところだが、結局同じことの繰り返しになるなら、消耗戦になる。こちらが先に倒れてしまわないとも限らない。


 他の方法を──。


「ジャグジ。カジャロプを攻撃する。後押しして」

「何か思いついたか?」


 ジャグジは一瞬、ヘルメット越しでも呆けたのがわかるくらい無言で僕を見つめ。


「よし! ブチかませ!!」


 命令を与えた。


「ウオオオオオオオオ!」


 復活しつつあるカジャロプに僕は突撃する。

 勿論、無策ってわけじゃない。


 これまで僕は、炎を出す時に、吐くという動作しかしてこなかった。けれど、カジャロプやエキドゥナ、他の悪魔の能力を見ていて気付いた。

 エキドゥナの蔦にしても、カジャロプの吸熱にしても、もっと、攻撃の幅は広い。


 そもそも悪魔の力とは、この世界の法則に依らないもの。


 僕は拳を握った。

 イメージする。カジャロプの内側から、カジャロプの能力を阻む機会すら与えずにこの悪魔を燃やす。

 拳に炎の力を集めるイメージ。そこから自由に、僕の炎を放つイメージ。


「ウオオオオオオオオオン!!」

「グモオオオオオオオ!!」


 僕がカジャロプに拳を振るうのと、蔦から解放されたユカリがカジャロプに棍棒を向けるのとは、ほぼ同時だった。

 おかげでカジャロプに、一瞬の隙ができる、


 僕はその隙を見て、両拳をカジャロプの腹にぶつけた。

 カジャロプの表面に僕の炎は届かない。けれど、内側からならば──。


 炎を口から放つのではなく、拳を伝い、カジャロプの内側に撃ち込む。


「ガアアアアアアアアアあああ!」


 カジャロプが膝をつく。

 その後頭部を、今度はユカリの棍棒が殴打した。

 カジャロプはそのまま倒れ込む。


 倒れる純白の悪魔の口から小さく、炎が漏れた。

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