第9話 決着

43.戦いの終わり

 カジャロプが倒れると同時に、達成感と腹の真ん中から全身を包み込むような幸福感がじんわりと伝わってくるように感じる。

 命令を問題なく達成できた時のこの感覚は、とても心地良い。特に今回は複数人の契約者からの命令を達成したからか、普段よりも強い満足感があった。

 この時があるから頑張れる。改めて悪魔ってのは、難儀な存在だ。


 倒れたカジャロプに改めて炎を吐いた。

 炎は問題なくカジャロプを拘束する。


 脅威がなくなったことを理解したユカリが、蔦のドームに向けて棍棒を振るった。


 バラバラと音を立て、ドームの天井から何本か蔦が落ちた。

 僕は翼を広げ、ジャグジを抱える。


 ユカリが棍棒でもう一度壁を殴ると、穴が開いた。


「壁、もうボロボロ」

「ユカリ、お疲れ」


 穴が開いたは良いが、これ以上大きく穴を広げるのも難しそうだ。このまま無理をしてドームが崩れて生き埋めにされても困る。


 カジャロプが起きる様子はない。


 ドームが難なく崩れたのもそうだが、もうカジャロプとエキドゥナの影響は薄れているのだろう。


「ねえ、ユカリ。多分もう大丈夫だ」

「ん」

 ユカリの開けてくれた穴を通る為、僕はユカリの肩を叩き、人間態に変身するよう促した。


「わかった。後は外出るだけ」


 カジャロプとエキドゥナを倒した今、山を降りる障害はない。


「ユイト、あたし疲れた」

「ああ、僕もだよ。でもようやく終わらせた。お疲れ様、ユカリ」

「えへ。お疲れ様、ユイト」


 これでこいつらとの戦いも終わりだ。

 何度もしつこく僕らを阻んだ二体の悪魔を、ユカリとジャグジの力があって、ようやく倒すことができた。


 だけど休んでばかりもいられない。

 すぐにルビーの加勢に行くべきだ。


「行こう」


 ドームの中に人間態に変化する時の煙が充満し、僕とユカリは人間態になった。

 スフィさんとルビーの作ってくれたトップクのお陰で、服の心配をすることもない。


 ドームから出て、ジャグジに手を伸ばした。

 だがジャグジは僕の手を掴もうとして、引っ込める。


「ジャグジ?」

「お前らはあのウサ耳亜人……ルビーつったか? あいつのとこに行け。あたしは残る」

「なんで」

「悪魔共の様子を見とく奴も必要だろうが。それに……亜人達も逃がさなくちゃならねえだろ。ふん、亜人の扱いならイリーナに雇われてた頃に慣れてる」

「乱暴はしないでよ?」

「しねえよ」


 ジャグジはヘルメットを脱いだ。

 その顔には一瞬、疲労が浮かんでいた。


 口ではああ言っていたが、カジャロプに熱を奪われても、無理矢理その身体を動かしてくれていたのだ。きっと、もう限界なんだろう。


 それでもジャグジは僕の目を見た瞬間に、キリリと眼光鋭いいつもの顔に戻った。


「ジャグジ、それ」


 ジャグジがヘルメットを脱いだことで気づいたが、ジャグジの契約印は首元から顎にかけてのところについたようだ。

 ジャグジは僕の目線に気付き、携帯端末で自分の顔を確認した。


「あー、よりによってこんな目立つとこかよ。ま、傷と合わせてハクがついたか」


 ジャグジは僕の背中を叩いた。


「痛っ!」

「嘘つけや、クソ山羊。悪魔が人間に叩かれて痛いわけがねえだろ」

「気持ちの問題というか……」

「アホか」

 それからユカリの頭に手を置いた。

 ユカリは一瞬、迷惑そうに顔を歪めたが、ジャグジの手を払おうとはせず、溜息をつくに留めた。


「ユイト、てめぇに命じる。俺は気にせず、タウラスとルビーの加勢に行け」


 命令、されてしまった。ジャグジの新たな契約者としての、悪魔への命令。

 そうなれば、僕はもうその通りにするしかない。


「ジャグジも気をつけてよ!」


 僕とユカリは再び悪魔態に変身した。何度も変身を繰り返してると、エネルギーをごっそりと持っていかれるような気もするが、服のことを気にせずに気軽に変身できるのは便利だ。


「ああ! 行け!」


 ジャグジの激励に僕とユカリは翼を広げて飛び立った。


 ルビーがいるのは、この洞窟を抜けた先。

 ダ・シガーが山全体に仕掛けた電波障害のないところまで、奴の妨害を突破しながら急いでいるはずだ。


「僕たちも急ごう」


 ユカリに言う形で、僕は今にも疲れて意識を失いそうな僕自身を鼓舞した。

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