9.悪魔への砲撃

 建物の最上階まで、ルビーと僕とで敵を蹴散らしながら進み、その全てを無力化して、その奥にある扉を開けた。


「ここまで来たか……」


 扉の向こう側に、ジャグジがいた。

 商店街に現れた時と同じようにヘルメットで顔を隠し、体も外套で覆っている。


「観念してください。あなたにもう勝ち目はありませんよ」

 ルビーによる最後通告。

「くっ、くっくっ、それはどうかな」

 だが、ジャグジはおかしそうに笑っていた。

 そこで僕とルビーは、ジャグジの横にある、布で覆われた何かに気づく。


「お前のそれがたとえ銃の効かない身体と言えども、これはどうだ!」


 ジャグジは覆いの布を取り払った。

 そこには、大砲みたいに大きな銃口、いや砲口があった。


「……! ユイトさん、逃げてください!」


 銃口が眩く光る。ルビーは部屋の隅に瞬時に飛び退く。


「消し飛べ!!」


 巨大な砲口から、光線銃と同じ光が発せられた。だが、その直径は手持ちの光線銃の比ではない。

 巨大な光の砲撃。

 光で部屋中が照らされた。僕は咄嗟に天井に向かって飛び、天井を破って極太の光線から逃げた。


「……やべえ」


 巨大光線砲の射程内にあった壁も床も、全てが消し飛んでいた。

 ──これは流石にやばいか?


「まだまだ行くぞ!」


 ジャグジの叫びと共に、巨大光線砲の砲口がルビーの方を向く。

 再び極太の光線が放たれ、ルビーも跳躍して飛び退いたが、着地できる床がない。

 ジャグジはそれを見て、高らかに笑った。


「バカめ! 空中では避けられまい!」


 三度、その砲口がルビーの方を向く。


「まずはお前だ! ケダモノが!」


 やばい。だが、僕自身も空中を今まさに落ちているところであり、すぐにルビーのところまで行く方法がない。

 あんなものを食らえば、間違いなくルビーは……。


「ウオオオオオオオオオオオ」


 僕は吠えた。

 ジャグジの高笑いが止まらない。

 砲口から、光が放たれる。

 辺りが光に包まれ、何も見えなくなる。


「……くっ」


 ──腕に痛みを感じた。

 なるほど。確かに、無傷というわけにはいかなかったらしい。

「ユイトさん!」

 ルビーが叫んだ。良かった。ルビーは無事だ。


「まさか……」

 ジャグジが僕を見て、驚いたような声をあげる。

 それもそのはずだ。


 ──僕は空を飛んでいた。


 背中からコウモリのような翼を生やし、バサバサと翼をはためかせて、空を飛んでいる。


 自分でも驚いた。


 咄嗟に翼を生やし、ルビーのところまで一目散に飛び、落ちるルビーを抱き留めて、腕を盾に巨大光線砲を防いだのだった。


 不思議だ。この身体の使い方が、考えなくてもよくわかる。身体能力も僕が思い描いている以上で、僕の思う通りに、この悪魔の身体は動いてくれる。


 ──この翼を使って、自由に空を駆けることができる!


 それにしても痛い。両腕とも、火傷をしているみたいだった。だけど、契約印から与えられる痛みほどじゃない。

 ギロリとジャグジと横にある巨大光線砲を睨み付けた。


 僕は翼をゆっくりとたたみ、地面に降り立つとルビーを優しく降ろす。

 それから翼を一気に羽ばたかせて一直線にジャグジのところまで行く。


「ウオオオオオオオオオオオオ」


 巨大光線砲を思い切りぶん殴る。

 光線砲は砲台ごと潰れ、その勢いでジャグジのいた床も崩れ落ちた。


「バケモノめ……ッ」


 ジャグジが地面に向かって落ちていく。

 ざまあみろ。

 そのまま落ちてペシャンコになっちまえばいい……!


「ユイト!」


 ジャグジが落ちていく様子をただ空から見ていた僕は、その声にハッとした。

 下の方で、スフィさんが僕を見上げている。


 ──そうだ。何をやっているんだ僕は。


 僕は落ちるジャグジよりも素早く地面まで滑空し、ジャグジを受け止めた。

 打ちどころが悪かったのか、ジャグジはうっと鈍い呻き声をあげる。


「部下どもは全員無力化。しかもアジトは壊滅。さーて、こうなればもう本当になすすべはなかろう」


 スフィさんは僕の手の中にいるジャグジのヘルメットを両手で掴み、無理矢理ひっぺがした。


「ほう」

「ふん、殺せ」


 素顔があらわになったジャグジから発せられる声は、凛とした高音だった。


 スフィさんはヘルメットの中身をまじまじと観察する。


「なるほど、頭蓋を守るだけでなく、変声機の役割も果たしていたわけか。まあ女だてらにゴロツキどものボスをする気苦労はおれにも想像するにあまりあるが」

「黙れ、下手な同情をするな」


 ――女?


 ヘルメットを被った時のくぐもった迫力のある声ではない。

 僕は改めてヘルメットを脱がされたジャグジの顔を良く見る。

 声だけではなかった。

 髪を短く切り揃え、左耳の付け根から頬、唇まで深く抉れた切り傷があったものの、その顔つきはスフィさんの言う通り、確かに女性のものだった。


「同情ではない。ただ感心しただけだ。しかしバカな真似をしたものだ。流石に無傷とはいかなかったようだが、分子分解銃では悪魔に充分な攻撃は与えられん。我々と悪魔とでは、従属する物理法則からして異なるのだからな」

「師匠師匠、その話はまた後で」


 スフィさんと僕らの近くに、ルビーもぴょこぴょこと駆けつけてきて、饒舌に言葉を紡ぐスフィさんを制した。


「そうだな。ジャグジ、お前には聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「イリーナ商会のボス、キルリス・イリーナのところまでおれたちを案内しろ」

「イリーナ様の居場所? 俺が?」

「教えないと言うなら、お前の後ろにいる悪魔にお前を握りつぶさせてもいいんだ」


 スフィさんの言葉に、ジャグジは振り向いて、僕の顔を見た。

 実際はスフィさんはそんなこと、命令しないだろうけど。


「ウオオオオオオオオオオオオ!」


 ただ、僕は改めて咆哮した。

 ジャグジは不服そうにチッと舌打ちした。


「……わかったよ。俺もそこまでして義理だてする相手でもねえからな」


 そしてジャグジは諦めたように空を仰ぎ、溜息をついた。

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